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盗賊国家の成立(1)

投稿者: mochikokuhou02 投稿日時: 2005/09/10 05:03 投稿番号: [528 / 2503]
  平安後期の歴史書『百錬抄(国史大系)』をみてみましょう。永暦元年(1160)の条

○   四月二十八日。対馬島司、「高麗国金海府が、銅の採進房ならびに貢銀の採丁を禁(いましめ=監禁)たること」を言上す。
十二月十七日。諸卿、「高麗国が対馬島の商人を搦留したること」を定申す。

このように、王氏高麗は対馬島民の拉致虐待を日常的に行っていました。「貢銀採丁」というのは対馬にあった世界でも有数の銀鉱にたいする政府直轄の鉱山人夫のことで、「銅採進房」は対馬島府が中央に銅を進(たてまつ)る機関のことです。韓国式にエビそびりに緊縛し、殴る蹴るの暴行をくわえながら鉱道の様子や金目の物のありかを執拗に聞きだそうとしたのです。
  こうして小さな島を標的とした侵略は数百年間とめどもなく繰り返され、1419年には李氏朝鮮前王・芳遠が国軍を率いて侵略し「全島民の拉致」をくわだて、息子セジョンらと生きた小児の肝を食殺するとともに、盗んだカネで侵略地図「海東諸国記」を刊行、対馬の浦々を詳細に調べ上げて韓寇らに配布しました。
  事件直後に国使を派遣し、言い訳するのも常套手段で、くだんの侵略地図はそうした国使みずからの手になるものです。「無関係」「自分が被害者」などという人間がどうして侵略手引を著わすのでしょうか。


  韓国内には銀や銅は産出せず、ほとんどが対馬から盗んだものだとかんがえられます。19世紀の末まで韓国の主要産物はイヌの皮や木の実・蜂蜜(善隣国宝記・李王国書の貢物リストによる)などで、全くとるに足りないものでした。元の属国下に硬くて丈夫なアジア綿(軍需品だったがほとんどが日本に輸出され安物のふんどしやタビなどに使われた)が伝わり、秀吉の占領時代にトウガラシなどの商品作物やコメの田植え技術が南部の解放農民にはじめて指導されはしましたが、それまで朝鮮半島の主力産業は、強盗でした。

  後高句麗の弓(張)氏、王氏高麗や李氏朝鮮支配者の先祖はいずれも全羅道またはその周辺出身の海賊集団で日中貿易のおこぼれにあずかり、不正に入手した盗品を多数の奴婢の背に牛馬のようにくくりつけ、道なき道をあゆませて各地を転売することで地位名声と利益をあげていたのです。
  古くは韓寇を新羅の賊といい、六国史にはさまざまな蛮行が記録されています(後述)。有名な刀伊の賊も、王氏高麗人がみずからおこなったもので、韓国右翼が主張している「古代朝鮮語で女真」などという説は根拠のない妄想です。
  むしろ「亡伊・亡所伊の乱1179」など、この当時全羅海賊に類似した名が多出していること、対馬や西部九州を襲うといったこんにちでも馬山密漁団などにみられる韓国人特有の立ち回り先、徒歩弓や放火・拉致虐殺を中心とした集団奇襲戦法は元寇高麗軍に酷似し、被害者の手に穴をあけ連ねたり食人行為もしています。その翌年薩摩を襲った高麗人は女真どころか「南蛮人(済州島民)」などと自称しています。むろん済州島民は当時、高麗人ではありません。
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