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>>過大評価のレトリック

投稿者: hmnsskspreyer 投稿日時: 2005/02/24 19:35 投稿番号: [283 / 2503]
>金富軾や魏徴が当時の百済・新羅の立場を代弁して倭に配慮した記述を残したとは到底考えられない。

金富軾は高名な儒学者であり、新羅を正統とし、儒学を基本論理として書かれた史書で有るが故に、可能性としては否定できないのではないのか?

>当該の記述に関しては、
著者が「後世の史家」の立場から事実と認定したことを史書に記載しただけ。

『隋書倭国伝』には、如意宝珠があると記述されているが、『後漢書倭伝』が道教がらみの理想の地が、
『隋書倭国伝』では仏教がらみに変わっている。

倭国伝一つをとってみても、このように後世の記述が一変する。

後世の史家の立場の事実認定とはこのような類である。

>彼らも、何らかの資料(おそらくは同時代性の高い記録)を参考にして当該の記述を残したのだろうし、その資料自体には指摘されたような国際関係に基づくバイアスがかかっていた可能性はあるけど

>「後世の史家」である正史編纂者が、その客観性や妥当性について検討していないというのは、中国や朝鮮の史家を過小評価しすぎ。

三国遺事、日本書紀、新旧唐書以外三国関係の文献が残存していないので
、過小評価とも過大評価とも言えない。

>大陸における「正史」は通常「断代史」で、王朝が変わった後に編纂されるものなのでは?

これは当方の舌足らずであった。

>記述の整合性

とは何を指摘されているのか?

>自身の解釈を優先することもそれにあたるんじゃないかな?

これも有る点では認める。




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