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>過大評価のレトリック

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2005/02/21 03:25 投稿番号: [280 / 2503]
>倭と友好関係を持たざるを得なかった百済、新羅は倭を悪くは書かない

>正史とはそう言う性格を帯びざるを得ない。

三国史記の著者は高麗人(金富軾)だし、隋書の著者は唐人(魏徴)。
さらにいえば、百済・新羅の滅亡は三国史記編纂時(1145年)から見てそれぞれ485年、210年も過去の話。

金富軾や魏徴が当時の百済・新羅の立場を代弁して倭に配慮した記述を残したとは到底考えられない。

当該の記述に関しては、
著者が「後世の史家」の立場から事実と認定したことを史書に記載しただけ。

彼らも、何らかの資料(おそらくは同時代性の高い記録)を参考にして当該の記述を残したのだろうし、その資料自体には指摘されたような国際関係に基づくバイアスがかかっていた可能性はあるけど、「後世の史家」である正史編纂者が、その客観性や妥当性について検討していないというのは、中国や朝鮮の史家を過小評価しすぎ。

>大陸は王朝がかわると、正史も当然変わる

大陸における「正史」は通常「断代史」で、王朝が変わった後に編纂されるものなのでは?

過大評価のレトリックと言えば、
記述の整合性よりも

>倭と友好関係を持たざるを得なかった百済、新羅は倭を悪くは書かない

と、自身の解釈を優先することもそれにあたるんじゃないかな?
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