guiseinoyuu様
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2005/12/18 00:35 投稿番号: [3337 / 19672]
>字面でしか議論が成立しないのでしょうか。
>相手の言わんとするところを酌む議論というか、想像力は無用ですか?
>自説と合わない、また手法が異なる場合は要旨と違うところで非難ですか?
>唯物論で語れないテーマですから、抽象論が多くなることは仕方がない。
>一分の隙もなく合理的に説明できる対象ではないんです。
わたしは象徴天皇の解釈はひとそれぞれの思いにあると思っています。
また、一分の隙もなく合理的に説明できるものでもないと思っています。
一般論化はできないと思っています。
天皇は日本国そのものである、
というのも個人的な解釈としてはありうると思いますし、
個人の解釈というのなら否定はしません。
赤城カンチョーの過ちは自分の個人的解釈を一般論であるかのごときに言ってしまうところです。
わたしはそれは一般論ではない、カンチョー個人的な思いであると言いたかったのです。
象徴、比喩、写実の常識的、一般的な意味は知っていると申しました。
俳句の例など、解釈はどうとでも言えます。
そんな赤城カンチョーの個人的解釈に付き合うつもりはありません。
これは メッセージ 3335 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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