喫茶室「一服汁」

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宗主国さまのみち 21

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/18 18:42 投稿番号: [10248 / 19672]
「掛け軸みたいなのがいっぱいあるわ」
  チャングムが壁をみていった。たしかに縦書き、横書きともにさまざまな掛け軸がある。かかれている文章は中国古典のものである。
「臣亮言先帝未半創業(しんりょうもうすせんていいまだそうぎょうなかばにして)」
  とあるのは『前出師表』である。そればかりか『後出師表』『蘭亭序』などもある。いちように六百元となっていた。先ほどの男性が手作業でつくっているらしい。
「なによ、この漢字の羅列は」
  チャングムは今にも目をまわしそうである。世界でもっともすぐれた文字であるハングルだけを用いてすべてがこと足りるウリミンジョクにとっては、漢字のような低級な文字はきもち悪くみえるらしい。

  掛け軸をみてゆくうち、空海についての説明版に視線がぶつかった。かれの生涯や唐での足跡がかかれている。生涯についてはおもての石碑とほぼ同文である。
  その文章のなかでは空海を
「漢字をもとにしてひらがなをつくり、伊呂波(いろは)歌もつくった」
  とある。たしかにかれは草書にひいでていたが、ひらがなをつくりあげたということはない。だいたい、オリジナルなものを何ひとつつくり出せないイルボンにはそのようなことはとてもむりである。おおかた韓半島の吏読(イドゥ)や古代ハングルをぬすんでつくり出したと称したのであろう。
  伊呂波歌にしてもそうである。和歌じたいがウリミンジョクがつくり出したものであり、それをパクったにすぎない。

  寺を出たあと、チャングムが、
「黄河を見たい」
  といいだした。鉄塔から黄河がみえなかったのが気になるらしい。地図をみたところ黄河までの直線距離は十一キロ弱程度だった。許氏にきくと、
「車で二十分もゆけば黄河につきます」
  とのことだったので手配してもらった。
  市街地を出て北にむかうと、道路はせまい農道のような砂利道になった。黄河はまだみえないのに堤防や水のいきおいを弱める障壁のようなものが点在している。その堤防したにはちょっとした林や草原があり、山羊や牛、羊を放牧しているところもあった。

  やがて黄河がみえてきた。水量がおどろくほどすくない。岸につき車をおりて歩いた。土は粘土質できわめてしっかりした堅さである。河水は黄色いというより黄土色に近いといえる。
「あんなに大きい中州がありますね」
  殿波さんがいった。その中州までは、コンクリートでできた舟状のものをならべ、その上に鉄板をわたした一種の舟橋がかけられており、車やバイクがとおっている。とくにダンプが通るさいは、その重みによって波が発生していた。
「人は通らなんのかな」
  殿波さんは首をかしげた。そういえば河岸のところどころに桟橋と渡し船があった。歩行者はそちらを使うようになっているのかもしれない。あとで知ったのだが、ここの舟橋は渡る前に料金所を通らなければならないらしい。
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