座間味島「集団自決」で新証言
投稿者: doronpa95 投稿日時: 2008/03/04 03:52 投稿番号: [831 / 1474]
世界日報ネタで申し訳ない。
http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_syougen/080303.html
梅澤隊長「自決するな!」 住民救った“命令”
沖縄戦の座間味島における集団自決で、梅澤裕・海上挺進隊第一戦隊長(当時)が自決用の武器の供与を求めた村幹部に対して「決して自決してはならぬ」と厳しく自決を思いとどまるよう説得したという新たな証言が出た。この証言を裏付ける手記も発掘された。これまでの「日本軍命令・強制」説を根本的に覆すもので、教科書の記述や名誉毀損(きそん)裁判にも影響を及ぼすものとみられる。
(編集委員・鴨野守、写真も)
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野村村長が住民に「解散」指示
この証言をしたのは、座間味島在住の宮平秀幸氏(78)。昭和二十年一月、防衛隊員となり、本部壕(ごう)にいた梅澤隊長の伝令役を務めた人物である。宮平氏によれば、米軍上陸の前夜、昭和二十年三月二十五日午後十時ごろ、宮里盛秀助役、宮平正次郎収入役と国民学校の玉城盛助校長、宮城初枝・女子青年団長、村役場の宮平恵達さんが本部壕を訪問。野村正次郎村長は遅れて到着したという。
助役が梅澤隊長に「もういよいよ明日は米軍の上陸だと思います。間違いなく上陸ですから、私たち住民は生き残ってしまって鬼畜米英によって獣のように扱われ、最後に男も女も殺されるでしょう。同じ死ぬくらいなら、日本軍によって死んだ方がよい」と述べ、そのための武器弾薬を頂きたいと申し込んだ。
これに対して、梅澤隊長は村の幹部らの固い決意を翻そうと厳しく語ったという。
「何を言うか! 戦うための武器弾薬もないのに、あなた方を自決させるような武器など全くありません」
「おれの言うことが聞けないのか! よく聞けよ。われわれは国土を守り、国民の生命財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるためにここへ来たのではない! 自決するな! 武器弾薬や毒薬など渡すことはできない」
壕の入り口には火炎放射器の攻撃を避けるため、濡れた毛布が掛けてあった。その陰にいた宮平氏は、村の幹部とやりとりする梅澤氏のわずか二メートルそばで聞いたという。
さらに隊長は「われわれは、あなた方に頼まれても自決させるような命令を持っていない。あなた方は、畏(おそ)れ多くも天皇陛下の赤子(せきし)である。おれはそうした命令は絶対出さない。何で命を粗末にするんだ。早く(忠魂碑前に集合している)村民を解散しなさい。夜が明ければ、米軍の艦砲射撃が激しくなり、民間人の犠牲が出る。今のうちに食糧のある者は食糧を持って山の方へ避難させなさい」と語ると、村長らは忠魂碑に向かったという。
宮平氏は、宮里助役から別れ際に「君の家族も忠魂碑前に集まっている」と聞かされ、仰天。村の幹部の後から約五百メートルほど離れた忠魂碑前に行った。そこで野村村長が集まっていた八十人ほどの村人に向かい、解散の指示を伝える場面を目撃した。村長は次のように語ったという。
「ここに集合して自決すると皆さんを呼び、隊長のもとに玉砕用の武器弾薬をくれるよう頼んだ。だが、隊長は『敵と戦う武器もないのに、ましてや住民を自決させるような武器など渡せない。自決するな、避難させなさい』と言われた。隊長の命令により解散するから各自、山に行くなり谷に行くなり壕に行くなりしなさい」
宮平氏は昨年の教科書問題で地元メディアが事実を報じないことに憤りを覚えて今回、初めて証言することを決意。「梅澤隊長が『自決するな』という“命令”を発したが故に、多くの村民が生き残ることができ、その人々の手によって村が復興したのです。真相は、報道されていることとは全く逆なのです」と訴えた。
続く
http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_syougen/080303.html
梅澤隊長「自決するな!」 住民救った“命令”
沖縄戦の座間味島における集団自決で、梅澤裕・海上挺進隊第一戦隊長(当時)が自決用の武器の供与を求めた村幹部に対して「決して自決してはならぬ」と厳しく自決を思いとどまるよう説得したという新たな証言が出た。この証言を裏付ける手記も発掘された。これまでの「日本軍命令・強制」説を根本的に覆すもので、教科書の記述や名誉毀損(きそん)裁判にも影響を及ぼすものとみられる。
(編集委員・鴨野守、写真も)
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野村村長が住民に「解散」指示
この証言をしたのは、座間味島在住の宮平秀幸氏(78)。昭和二十年一月、防衛隊員となり、本部壕(ごう)にいた梅澤隊長の伝令役を務めた人物である。宮平氏によれば、米軍上陸の前夜、昭和二十年三月二十五日午後十時ごろ、宮里盛秀助役、宮平正次郎収入役と国民学校の玉城盛助校長、宮城初枝・女子青年団長、村役場の宮平恵達さんが本部壕を訪問。野村正次郎村長は遅れて到着したという。
助役が梅澤隊長に「もういよいよ明日は米軍の上陸だと思います。間違いなく上陸ですから、私たち住民は生き残ってしまって鬼畜米英によって獣のように扱われ、最後に男も女も殺されるでしょう。同じ死ぬくらいなら、日本軍によって死んだ方がよい」と述べ、そのための武器弾薬を頂きたいと申し込んだ。
これに対して、梅澤隊長は村の幹部らの固い決意を翻そうと厳しく語ったという。
「何を言うか! 戦うための武器弾薬もないのに、あなた方を自決させるような武器など全くありません」
「おれの言うことが聞けないのか! よく聞けよ。われわれは国土を守り、国民の生命財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるためにここへ来たのではない! 自決するな! 武器弾薬や毒薬など渡すことはできない」
壕の入り口には火炎放射器の攻撃を避けるため、濡れた毛布が掛けてあった。その陰にいた宮平氏は、村の幹部とやりとりする梅澤氏のわずか二メートルそばで聞いたという。
さらに隊長は「われわれは、あなた方に頼まれても自決させるような命令を持っていない。あなた方は、畏(おそ)れ多くも天皇陛下の赤子(せきし)である。おれはそうした命令は絶対出さない。何で命を粗末にするんだ。早く(忠魂碑前に集合している)村民を解散しなさい。夜が明ければ、米軍の艦砲射撃が激しくなり、民間人の犠牲が出る。今のうちに食糧のある者は食糧を持って山の方へ避難させなさい」と語ると、村長らは忠魂碑に向かったという。
宮平氏は、宮里助役から別れ際に「君の家族も忠魂碑前に集まっている」と聞かされ、仰天。村の幹部の後から約五百メートルほど離れた忠魂碑前に行った。そこで野村村長が集まっていた八十人ほどの村人に向かい、解散の指示を伝える場面を目撃した。村長は次のように語ったという。
「ここに集合して自決すると皆さんを呼び、隊長のもとに玉砕用の武器弾薬をくれるよう頼んだ。だが、隊長は『敵と戦う武器もないのに、ましてや住民を自決させるような武器など渡せない。自決するな、避難させなさい』と言われた。隊長の命令により解散するから各自、山に行くなり谷に行くなり壕に行くなりしなさい」
宮平氏は昨年の教科書問題で地元メディアが事実を報じないことに憤りを覚えて今回、初めて証言することを決意。「梅澤隊長が『自決するな』という“命令”を発したが故に、多くの村民が生き残ることができ、その人々の手によって村が復興したのです。真相は、報道されていることとは全く逆なのです」と訴えた。
続く
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