〜歴史小説(11)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2007/12/06 21:23 投稿番号: [779 / 1474]
[企画] 我々の時代の進歩的知識人
④
趙廷来(チョ・ジョンレ)論
大河小説『アリラン』を中心として
[イ・ヨンフン | ソウル大学教授] 季刊『時代精神』2007年夏号
(翻訳11)
5 怒りと憎悪の狂気(続き)
このような小説家の直接的な解説に接して、私はしばらく呆然とした。日帝による虐殺被害者が300万〜400万人だから、それを証明するために小説を書いたとは。あきれかえることだ。そんなことはなかった。1910年当時、朝鮮の全体人口はおよそ1600万人、330万世帯くらいだ。だからチョ・ジョンレによれば、平均して家ごとに1人の犠牲者が出たわけだ。それを証明することは難しくない。その時代の戸籍がほとんど残っているからそれを見れば良い。では言おう。断じてそんなことは無かった。
私は、一小説家が、こんなおびただしい虚構の事実をかくも堂々と歴史的事実として叫ぶことができるという事実が不思議でならない。彼はその事実を幼い頃から分かって来たと言う。ああ、世の中をいくら侮るならばそのようにまで大きい声を吐くことができるのか。東洋の儒家では、生まれついて物事を知る者を「生而知之」と言う。孔子のような聖賢を指して言うことばだ。趙廷来氏よ、あなたは生知なのか。
彼の告白のとおり、彼は怒りと憎悪で『アリラン』を書き続けた。その終わり無き怒りと憎悪には、それに相当する事実の根拠がない。だから、一種の狂気なのだ。虐殺の狂気とは逆に通じる狂気だ。その狂気で、小説の主要人物たちが、日帝に抵抗した善良で美しい朝鮮の人々が、小説の進行に連れ、一人、二人と皆死んでしまった。小説家は、日帝の残酷な弾圧にも遂に勝利した朝鮮人の歴史を苦いと言ったが、実際の小説ではその反対だ。ようやく解放になった。そこで、満洲では中国人たちが朝鮮人を攻撃し始める。日本の手先だったという理由である。小説はこの部分で急に終わっている。怒りと憎悪の狂気で左衝右突の小説を導いて来たが、これ以上進める気力が尽きたのだ。
日帝下植民地時期は、収奪と虐殺に満ちた、怒りと憎悪だけで説明することができる時代ではなかった。受難と侮蔑の時代ではあったが、新しい学習と成就の時代でもあった。植民地期の民族史的または世界史的意義を全体的に理解するためには、このような均衡の取れた視覚が必要だ。私は、これから誰か新しい歴史小説家が出て、植民地期の収奪と開発を象徴する金堤と群山の歴史を省察の歴史小説として再び書いてくれることを待ちこがれてやまない。
(終)
大河小説『アリラン』を中心として
[イ・ヨンフン | ソウル大学教授] 季刊『時代精神』2007年夏号
(翻訳11)
5 怒りと憎悪の狂気(続き)
このような小説家の直接的な解説に接して、私はしばらく呆然とした。日帝による虐殺被害者が300万〜400万人だから、それを証明するために小説を書いたとは。あきれかえることだ。そんなことはなかった。1910年当時、朝鮮の全体人口はおよそ1600万人、330万世帯くらいだ。だからチョ・ジョンレによれば、平均して家ごとに1人の犠牲者が出たわけだ。それを証明することは難しくない。その時代の戸籍がほとんど残っているからそれを見れば良い。では言おう。断じてそんなことは無かった。
私は、一小説家が、こんなおびただしい虚構の事実をかくも堂々と歴史的事実として叫ぶことができるという事実が不思議でならない。彼はその事実を幼い頃から分かって来たと言う。ああ、世の中をいくら侮るならばそのようにまで大きい声を吐くことができるのか。東洋の儒家では、生まれついて物事を知る者を「生而知之」と言う。孔子のような聖賢を指して言うことばだ。趙廷来氏よ、あなたは生知なのか。
彼の告白のとおり、彼は怒りと憎悪で『アリラン』を書き続けた。その終わり無き怒りと憎悪には、それに相当する事実の根拠がない。だから、一種の狂気なのだ。虐殺の狂気とは逆に通じる狂気だ。その狂気で、小説の主要人物たちが、日帝に抵抗した善良で美しい朝鮮の人々が、小説の進行に連れ、一人、二人と皆死んでしまった。小説家は、日帝の残酷な弾圧にも遂に勝利した朝鮮人の歴史を苦いと言ったが、実際の小説ではその反対だ。ようやく解放になった。そこで、満洲では中国人たちが朝鮮人を攻撃し始める。日本の手先だったという理由である。小説はこの部分で急に終わっている。怒りと憎悪の狂気で左衝右突の小説を導いて来たが、これ以上進める気力が尽きたのだ。
日帝下植民地時期は、収奪と虐殺に満ちた、怒りと憎悪だけで説明することができる時代ではなかった。受難と侮蔑の時代ではあったが、新しい学習と成就の時代でもあった。植民地期の民族史的または世界史的意義を全体的に理解するためには、このような均衡の取れた視覚が必要だ。私は、これから誰か新しい歴史小説家が出て、植民地期の収奪と開発を象徴する金堤と群山の歴史を省察の歴史小説として再び書いてくれることを待ちこがれてやまない。
(終)
これは メッセージ 778 (chaamiey さん)への返信です.
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