愛と道義を与えるニダ
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/11/19 00:30 投稿番号: [755 / 1474]
大東亜戦争終了後、日本内地にいた、官斡旋などで移入してきた朝鮮人労務者や一部の一般在住者は、計画的な送還を考えている日本政府の制止を聞かず、帰国を求めて関釜連絡航路の出港地である下関に殺到しました。
9月1日に関釜連絡船は再開されましたが、戦火を避けて温存されていた2隻しか就航していません。とても輸送しきれない。当然の如く下関は野宿者でいっぱいになり大混乱です。
その様子を9月14日付読売報知が記事にしていますが(下記URL)、そのなかにあった朝鮮人の声です。
・・・・・・・
〝分家〟を祝ふ愛と道義を
日本に望む 去り行く朝鮮民族のこの心情
日韓合併以来四十年、日鮮一体の標語の下に日本と朝鮮とは共に兄とし弟として
陛下の赤子としての光栄を担つてきた、しかるに今度の新事態によつて二つの民族は再び袂を別たなければならなくなつた、運命といはうか歴史の必然といはうか、袂別といふには余りにも日鮮の心は深く交りすぎてゐた、いま内地には応徴士を始めとして約二百五十万の朝鮮民族がゐるこれらの人々の心は目下名状しがたい昏迷の中にある、一意帰国を急ぐもの、あくまで踏み止まつて日本の友情に生を託さんとするもの、その比率は明確でないがかつての同胞が一様に感ずるのは日本人の彼等に与へる「色眼鏡」のゆがめられた視線であるといふ
些細な感情のもつれから彼等朝鮮民族を敵視といふ誤解のまゝ半島に帰してよいのだらうか、数十年交はつた同胞としての心の絆をこゝで一言の挨拶もなく右と左とに、別けてよいのであらうか、去りゆく朝鮮民族、見送る日本民族、両者の運命はいばらの路である点において一つである、朝鮮民族は堂々と独立の船出にのり出すべきだ、日本人は激励の言葉を以て送るべきだ、些細な感情のもつれから数十年の心交を無に帰すことは日本の愚であると共に同色人東洋の悲劇でもある
去りゆく朝鮮民族の心持を都厚生事業協会嘱託李英表君はつぎのやうに語つた
『八月十五日大詔渙発の時われわれ半島出身者は愕然としました、やがて朝鮮独立といふ言葉が聞こえてきたときわれわれの仲間には名状しがたい苦悩と混乱が来ました、ある者は簡単に帰れるものと思つて食糧も持たずとび出して来て忽ち飢餓におそはれ上野駅や東京駅に野宿しなければなりませんでした、ある者はいやこのまゝ日本にとゞまることが許されるならとゞまらう、朝鮮に帰つたとて家や土地がある訳でなしまた再び旅の暮しが始まるのだ、といふやうな種々な気持がわれゝゝの頭の中をかけめぐつてゐるとき一様に感じた事は正直にいつてわれゝゝの心を日本人が知らなすぎるといふ事でした、お前等は日本が敗けて嬉しからうといつたやうな眼の色、一寸した集会が逆に日本への敵対行動に誤解されたりする事例、いくつかの予期せざる事件が些細な感情のもつれと習慣の相違から惹起しました
しかし私はいふ、われゝゝ二百五十万の内地滞在の朝鮮民族は日本が敗けたといふて万歳を叫ぶものはまづ一人もないと思います、彼等がもし日本人の感情を刺激するやうなことがあれば、それは事態の急変に彼等自身が処する動きが妄動と化した点によります、彼等とて事態がハツキリのみこめないのです、そこへ日本人の「眼」の色がちがつて来たと感ずるとなほ妄動は輪をかけて来ます、たとへ日本人の表情が平常どほりであつたとしてもかういふ際誤解し易いこともまだ否みがたいのではありませんか
私は今の日本人にいひたいことは弟の朝鮮が分家するのだ、朝鮮はキレイに分家祝に進呈しよう、さあこれで立派に独立してゆけ−といふ愛の気持を示してもらひたいのです、この態度が日韓合併四十年の最後を飾る花です、そしてこの花は再び文化の提携、通商の協定となつて実を結ぶことが出来ると思ひます、朝鮮は大国に囲まれた小さい国家です、将来独立されるにしても隣国の道義と愛によらなければ自立自行は不可能なことは朝鮮民族誰しもがわかつてゆけることです、日本は今こそ愛と道義を彼等に与へなければなりません、これに対してわれわれは必ず報ゆるに同じ精神をもつてしませう
最後に日本政府の方々にお願ひしたいのは輸送の方法や朝鮮の治安状態を新聞やラジオによつてわれゝゝ朝鮮人に悉く知らしめて適切な手を打つて少しでも不安や動揺を防いでもらひたいことです、これこそ日韓合併以来の最後の愛の手ではありませんか』
・・・・・・・
なんかねぇ、日本人に道徳的対応を要求するあたりは変わっていないよなぁと。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1912281&st=writer_id&sw=xiaoke
9月1日に関釜連絡船は再開されましたが、戦火を避けて温存されていた2隻しか就航していません。とても輸送しきれない。当然の如く下関は野宿者でいっぱいになり大混乱です。
その様子を9月14日付読売報知が記事にしていますが(下記URL)、そのなかにあった朝鮮人の声です。
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〝分家〟を祝ふ愛と道義を
日本に望む 去り行く朝鮮民族のこの心情
日韓合併以来四十年、日鮮一体の標語の下に日本と朝鮮とは共に兄とし弟として
陛下の赤子としての光栄を担つてきた、しかるに今度の新事態によつて二つの民族は再び袂を別たなければならなくなつた、運命といはうか歴史の必然といはうか、袂別といふには余りにも日鮮の心は深く交りすぎてゐた、いま内地には応徴士を始めとして約二百五十万の朝鮮民族がゐるこれらの人々の心は目下名状しがたい昏迷の中にある、一意帰国を急ぐもの、あくまで踏み止まつて日本の友情に生を託さんとするもの、その比率は明確でないがかつての同胞が一様に感ずるのは日本人の彼等に与へる「色眼鏡」のゆがめられた視線であるといふ
些細な感情のもつれから彼等朝鮮民族を敵視といふ誤解のまゝ半島に帰してよいのだらうか、数十年交はつた同胞としての心の絆をこゝで一言の挨拶もなく右と左とに、別けてよいのであらうか、去りゆく朝鮮民族、見送る日本民族、両者の運命はいばらの路である点において一つである、朝鮮民族は堂々と独立の船出にのり出すべきだ、日本人は激励の言葉を以て送るべきだ、些細な感情のもつれから数十年の心交を無に帰すことは日本の愚であると共に同色人東洋の悲劇でもある
去りゆく朝鮮民族の心持を都厚生事業協会嘱託李英表君はつぎのやうに語つた
『八月十五日大詔渙発の時われわれ半島出身者は愕然としました、やがて朝鮮独立といふ言葉が聞こえてきたときわれわれの仲間には名状しがたい苦悩と混乱が来ました、ある者は簡単に帰れるものと思つて食糧も持たずとび出して来て忽ち飢餓におそはれ上野駅や東京駅に野宿しなければなりませんでした、ある者はいやこのまゝ日本にとゞまることが許されるならとゞまらう、朝鮮に帰つたとて家や土地がある訳でなしまた再び旅の暮しが始まるのだ、といふやうな種々な気持がわれゝゝの頭の中をかけめぐつてゐるとき一様に感じた事は正直にいつてわれゝゝの心を日本人が知らなすぎるといふ事でした、お前等は日本が敗けて嬉しからうといつたやうな眼の色、一寸した集会が逆に日本への敵対行動に誤解されたりする事例、いくつかの予期せざる事件が些細な感情のもつれと習慣の相違から惹起しました
しかし私はいふ、われゝゝ二百五十万の内地滞在の朝鮮民族は日本が敗けたといふて万歳を叫ぶものはまづ一人もないと思います、彼等がもし日本人の感情を刺激するやうなことがあれば、それは事態の急変に彼等自身が処する動きが妄動と化した点によります、彼等とて事態がハツキリのみこめないのです、そこへ日本人の「眼」の色がちがつて来たと感ずるとなほ妄動は輪をかけて来ます、たとへ日本人の表情が平常どほりであつたとしてもかういふ際誤解し易いこともまだ否みがたいのではありませんか
私は今の日本人にいひたいことは弟の朝鮮が分家するのだ、朝鮮はキレイに分家祝に進呈しよう、さあこれで立派に独立してゆけ−といふ愛の気持を示してもらひたいのです、この態度が日韓合併四十年の最後を飾る花です、そしてこの花は再び文化の提携、通商の協定となつて実を結ぶことが出来ると思ひます、朝鮮は大国に囲まれた小さい国家です、将来独立されるにしても隣国の道義と愛によらなければ自立自行は不可能なことは朝鮮民族誰しもがわかつてゆけることです、日本は今こそ愛と道義を彼等に与へなければなりません、これに対してわれわれは必ず報ゆるに同じ精神をもつてしませう
最後に日本政府の方々にお願ひしたいのは輸送の方法や朝鮮の治安状態を新聞やラジオによつてわれゝゝ朝鮮人に悉く知らしめて適切な手を打つて少しでも不安や動揺を防いでもらひたいことです、これこそ日韓合併以来の最後の愛の手ではありませんか』
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なんかねぇ、日本人に道徳的対応を要求するあたりは変わっていないよなぁと。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1912281&st=writer_id&sw=xiaoke
これは メッセージ 1 (justina_eto さん)への返信です.
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