朝鮮総督府による言論弾圧の実態とは
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2007/10/23 09:25 投稿番号: [737 / 1474]
http://www.chosunonline.com/article/20071021000014(上)
朝鮮総督府で新聞や映画、レコードなどの検閲を担当する「図書課」の第2代課長として言論統制の実務を担った立田清辰は、『1903年朝鮮出版界の回顧』という著書の中で、民族紙たる「朝鮮日報」と「東亜日報」の論調を次のように評した。
「諺文新聞紙(朝鮮日報など、民族紙を指す)の従来の論調は、(総督府の)朝鮮統治の方針に非難を加えることがその唯一の本業と考えられているのではないか、という疑心を抱かしめるほどだった。誇張、扇動ばかりの記事を載せたり、あるいは事実を捏造する…(中略)。多くの官僚のうちごく一部がしくじりをしでかせば、さも全ての官僚が悪いとでもいうかのような論調を展開した」
暴圧的だった日帝強占期に「朝鮮日報」と「東亜日報」が掲載したどのような報道に対し、総督府図書課長はこうした評価を下したのだろうか。
1903年に朝鮮総督府があったんでしょうか?
知りませんでした
そもそも()内の「朝鮮日報など、民族紙を指す」とか「総督府の朝鮮統治の方針」というのは
誰の加えた文章でしょうか?
http://www.chosunonline.com/article/20071021000015(中)
エリートらで構成された検閲機構は、どのようにメディアを検閲したのだろうか。鄭教授は、ある日本人が書いた文章を通じて当時の風景を伝えている
その「ある日本人」の名前が記載されていない時点で
その「ある日本人」がこの教授の妄想の産物か
あるいは
その「ある日本人」の与太話(吉田某のような…)とは考えないのだろうか…
http://www.chosunonline.com/article/20071021000016(下)総督府が廃刊計画を作る前の1938年、「朝鮮日報」は7万部、「東亜日報」は5万5000部を発行していた。
大した売り上げもないし
資源の無駄遣いだから統合して一紙にするという方針だったのでは?
とは
考えないのだろうな…
これは メッセージ 1 (justina_eto さん)への返信です.
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