朝鮮人官吏の叱咤激励(2)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2007/04/22 08:17 投稿番号: [589 / 1474]
<朝鮮人更生の途>(2)
=我が道の新施設=
慶尚南道参与官 李範益
京城日報 1928.8.16-1928.8.17(昭和3年)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00474275&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00474275
それなのに朝鮮人の経済状態が依然として貧弱を免れず、その生計はかえってますます困窮に陥りつつあるのは頗る奇異なる現象であり、甚だ矛盾する事実なりと言うべし。これは一体どういう理由によるのか。ここに至って、朝鮮人の経済の貧弱さ、生活の困難は、その原因は政治のみにあらざることは容易に首肯できる。およそ古今を通じて、人類の生存に最も欠くべからざる要素は勤労と節制である。勤労心に乏しく節制力が足りぬ者は、いかなる時代、いかなる地方、いかなる社会といえども、生存しかつ繁栄することはできない。まして、元来、資力薄弱、技能拙劣なる我々が、この生存競争が激烈で、かつその範囲も広い今日において、この要素に欠如するところがあって劣敗者となるのは毫も怪しむに足りない。賃金の高さを羨望して内地へ渡航するのも、耕地の広さに希望を託して満州へ転出するのも、この要素を具備してはじめて生存できるのである。
ゆえに、私は、従来、朝鮮の経済状態が貧弱で住民の生活程度が低劣であったのは、土地の罪にあらず、又、住民の罪にもあらず、全く政治の罪であるが、今日のそれは政治の罪にあらず、又、土地の罪にもあらず、全く住民たる朝鮮人自身の罪なりと断言してはばからない。一部人士中には、自己を反省せず、徒らに政治を非難し、又は時局を呪い、ややもすれば自暴自棄に陥り、あるいは不健全な思想に陶酔し、あるいは不可能なる制度を夢想し、甚だしい場合は常軌を逸する挙動を取り、自ら破滅を早めようとするのは誠に憂慮に堪えないところである。
もちろん、併合後における行政施策に対して世間の評価は色々とあるが、これはつまり、人によってその意見の相違から来るものであり、その根本精神と方針に対しては、何人といえども異論をさしはさむ余地はないだろう。要するに、総督政治の主義方針は、併合当時及び大正8年8月の官制改革の際に煥発せられた詔書の御趣旨を奉体し、専ら公共の安寧を維持し民衆の福利を増進させるところにある。以来、教育の普及、交通の利便、衛生の整備は扨置き、産業の開発、資金の融通等、国民の経済を助長しその生活を向上させる施策奨励は、未だかつて例を見ない善政であると言っても過言ではない。
それなのに、学校を建てて教育を施しても、その授けられた知識、技能を日常生活に利用することを考えず、かえって労働を厭い虚栄に流れ、甚だしきは恭倹の徳を欠き、放肆の念を増し、農耕の改良を指導奨励して生産の増殖を計らせようとしても、これを蓄積して他日の用に備えることを考えず、かえって奢侈に流れ、収入は支出を償うことができず、低利資金を融通して生業を勧めても、これを非生産的方面に消費し、かえって新たな負債を負うのみという状態では、いかに良規を設け善政を布くと言えども、その恵沢に浴するを得ないのはむしろ当然であって、私が、これは朝鮮人そのものの罪なりという理由である。
もっとも、民衆を指導する為政者にもその責任の一部はあるはずで、社会組織の欠陥もまたその一因であるが、政治というものは一般民衆を指導誘導し、彼らをして自ら享福的に働かせるものであり、政治そのものが働くものではない。俗に『棚から餅』という諺があるが、民衆自身が勤めず労せずして、どうして福利を享受できるだろうか。ゆえに、善政良法も、民衆自身がこれに順応し努力し、以てその施策をうまく活用しなければ、その恩沢にあずかることはできないのである。
(続く)
=我が道の新施設=
慶尚南道参与官 李範益
京城日報 1928.8.16-1928.8.17(昭和3年)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00474275&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00474275
それなのに朝鮮人の経済状態が依然として貧弱を免れず、その生計はかえってますます困窮に陥りつつあるのは頗る奇異なる現象であり、甚だ矛盾する事実なりと言うべし。これは一体どういう理由によるのか。ここに至って、朝鮮人の経済の貧弱さ、生活の困難は、その原因は政治のみにあらざることは容易に首肯できる。およそ古今を通じて、人類の生存に最も欠くべからざる要素は勤労と節制である。勤労心に乏しく節制力が足りぬ者は、いかなる時代、いかなる地方、いかなる社会といえども、生存しかつ繁栄することはできない。まして、元来、資力薄弱、技能拙劣なる我々が、この生存競争が激烈で、かつその範囲も広い今日において、この要素に欠如するところがあって劣敗者となるのは毫も怪しむに足りない。賃金の高さを羨望して内地へ渡航するのも、耕地の広さに希望を託して満州へ転出するのも、この要素を具備してはじめて生存できるのである。
ゆえに、私は、従来、朝鮮の経済状態が貧弱で住民の生活程度が低劣であったのは、土地の罪にあらず、又、住民の罪にもあらず、全く政治の罪であるが、今日のそれは政治の罪にあらず、又、土地の罪にもあらず、全く住民たる朝鮮人自身の罪なりと断言してはばからない。一部人士中には、自己を反省せず、徒らに政治を非難し、又は時局を呪い、ややもすれば自暴自棄に陥り、あるいは不健全な思想に陶酔し、あるいは不可能なる制度を夢想し、甚だしい場合は常軌を逸する挙動を取り、自ら破滅を早めようとするのは誠に憂慮に堪えないところである。
もちろん、併合後における行政施策に対して世間の評価は色々とあるが、これはつまり、人によってその意見の相違から来るものであり、その根本精神と方針に対しては、何人といえども異論をさしはさむ余地はないだろう。要するに、総督政治の主義方針は、併合当時及び大正8年8月の官制改革の際に煥発せられた詔書の御趣旨を奉体し、専ら公共の安寧を維持し民衆の福利を増進させるところにある。以来、教育の普及、交通の利便、衛生の整備は扨置き、産業の開発、資金の融通等、国民の経済を助長しその生活を向上させる施策奨励は、未だかつて例を見ない善政であると言っても過言ではない。
それなのに、学校を建てて教育を施しても、その授けられた知識、技能を日常生活に利用することを考えず、かえって労働を厭い虚栄に流れ、甚だしきは恭倹の徳を欠き、放肆の念を増し、農耕の改良を指導奨励して生産の増殖を計らせようとしても、これを蓄積して他日の用に備えることを考えず、かえって奢侈に流れ、収入は支出を償うことができず、低利資金を融通して生業を勧めても、これを非生産的方面に消費し、かえって新たな負債を負うのみという状態では、いかに良規を設け善政を布くと言えども、その恵沢に浴するを得ないのはむしろ当然であって、私が、これは朝鮮人そのものの罪なりという理由である。
もっとも、民衆を指導する為政者にもその責任の一部はあるはずで、社会組織の欠陥もまたその一因であるが、政治というものは一般民衆を指導誘導し、彼らをして自ら享福的に働かせるものであり、政治そのものが働くものではない。俗に『棚から餅』という諺があるが、民衆自身が勤めず労せずして、どうして福利を享受できるだろうか。ゆえに、善政良法も、民衆自身がこれに順応し努力し、以てその施策をうまく活用しなければ、その恩沢にあずかることはできないのである。
(続く)
これは メッセージ 588 (chaamiey さん)への返信です.
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