百済武寧王について(14)
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/02/23 16:02 投稿番号: [502 / 1474]
引き続き倭王武の上表文です。
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それで、彼は「滅ぶ百済のために(臣亡考済)」高句麗の侵寇に決然たる態度で対処すると言っている。しかし突然、迫って来た自分の父兄の死のため、「武」は喪中にあり大軍の出動も中止し、長い歳月喪に服していたと言う。
ところが、今は時を得て再びよろいかぶとに身を固め、亡き父と兄の遺志にしたがい、敵(高句麗を指称)の疆土をせん滅するため、陛下の大きな恩徳のあらんことを懇請するというのである。
臣亡考済(13)
実念寇讐
壅寡天路
控弦百万
義声感激
方欲大挙
奄喪父兄
使垂成之功
不獲一簣
居在諒闇(14)
不動兵甲
是以偃息未捷
至今欲(15)練甲治兵
申父兄之志
義士虎賁
文武效功
白刃交前
亦所不顧
若以帝徳覆戴
推此彊敵
克靖方難
無替前功
終わりに、「武」は先代の倭王らがやったとおり、自身の倭王即位を契機に自身と臣下らの官爵を要請しているが(16)、順帝はこれを允許し、「武」には破格的に「安東大将軍」を授けたと『宋書』は記録している。
しかし、彼らが自ら要請した「開府儀同三司」の官号は叙任されなかったという。
竊自仮開府儀同三司(17)
其余咸仮授以勧忠節
詔除武使持節都督
倭
新羅
任那
加羅
秦韓
慕韓
六国諸軍事
安東大将軍
倭王
これは メッセージ 493 (toapanlang さん)への返信です.
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