百済武寧王について(9)
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/12/30 12:32 投稿番号: [448 / 1474]
読んでいて嫌になるこの手の朝鮮学者電波を、ネイバー総督府では「イヤ論文」とか呼ぶそうですが。(苦笑)
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五 七支刀銘文の新しい解釈――七支刀は百済王の下賜
1 銘文の訳文
七支刀銘文には、「泰」の字から始まる百慈王の年号がはっきりしないばかりか、ほかの数個の字も毀損が甚だしくて判読がむずかしい点はあるが、銘文を読むのに大きな問題はないようである。この銘文は「下行文書」の形式をとっているため、刀を造った百慈王を主体とした「下行」解釈をすれば、正当な解釈ができるのである。
しかし、福山の通説は「下行文書」である銘文を、「上行」と解釈をしているため、銘文の体系的解釈が不可能であり、また銘文の中に大きな混乱が惹起されている。百慈王を主体とする解釈だけが、銘文の正しい意味を明らかにしてくれるのである。
泰△四年△月十六日(31)丙午日の正午に銑鉄を百回もたたいて七支刀を造る。この刀は百兵(災殃)を避けることができ当然侯王(旨)に 与えるべきだ。
先世以来だれもこのような刀をもっていなかったが百慈王は世々に奇生聖音(吉祥語)(32)があり倭王旨のために造った。後世にながく伝えよ。
2 百慈王は「大王」、倭王旨は侯王(33)
通説の主張とおり、百慈王が中国の年号をつかう「天子」の「諸侯」のような存在であれば、彼は決して倭王旨を侯王とは呼べないはずである。なぜならば、ただ倭王旨の上王である大王だけが彼を侯王と呼ぶことができるからである。
最近上古の「倭王」に対して、山尾幸久ら一部の学者は、ただ「一般的に常用する吉祥語」かあるいは「特別な解釈をする必要のない普通名詞」と同じものとしかみられないというが(34)、これはどこまでも身分用語で大王の意をたっとぶ臣下(大王の子弟宗親)を意味するものである。
それゆえ、銘文では百慈王が倭王旨を侯王と呼んでいるという事実だけでも、中国の年号とは無関係であることが証明されたのである。故に、銘文の「百慈王世△」の読法に対しても、通説は「百慈王世子」や「百慈王・世子」と判読しているのはあやまりである。(35)
「百慈王世子」が倭王旨を侯王と呼ぶことができないというのは『礼記』にもあり、ただ彼の父王である「大王」だけがそういうふうに呼べるのである。そして「百慈王・世子」の場合も同じく、万一銘文がそのように読むことができるならば銘文は当然「百慈王与世子」のように書かれていなければならない。したがって七支刀銘文の場合は、前後の表現を勘案してみるとき「王世△」は「王世子」ではなく「王世世」とみるのがもっとも合理的な読法になろう。(36)
・・・・・・・
蘇鎮轍が執拗に繰り返す「侯王」なんて概念自体、基本的に存在しませんから。
諸侯や王を指す単語でしかないですし。確か陳勝の発言も、漢書では「侯王将相いずくんぞ種有らんや」でしたね。
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五 七支刀銘文の新しい解釈――七支刀は百済王の下賜
1 銘文の訳文
七支刀銘文には、「泰」の字から始まる百慈王の年号がはっきりしないばかりか、ほかの数個の字も毀損が甚だしくて判読がむずかしい点はあるが、銘文を読むのに大きな問題はないようである。この銘文は「下行文書」の形式をとっているため、刀を造った百慈王を主体とした「下行」解釈をすれば、正当な解釈ができるのである。
しかし、福山の通説は「下行文書」である銘文を、「上行」と解釈をしているため、銘文の体系的解釈が不可能であり、また銘文の中に大きな混乱が惹起されている。百慈王を主体とする解釈だけが、銘文の正しい意味を明らかにしてくれるのである。
泰△四年△月十六日(31)丙午日の正午に銑鉄を百回もたたいて七支刀を造る。この刀は百兵(災殃)を避けることができ当然侯王(旨)に 与えるべきだ。
先世以来だれもこのような刀をもっていなかったが百慈王は世々に奇生聖音(吉祥語)(32)があり倭王旨のために造った。後世にながく伝えよ。
2 百慈王は「大王」、倭王旨は侯王(33)
通説の主張とおり、百慈王が中国の年号をつかう「天子」の「諸侯」のような存在であれば、彼は決して倭王旨を侯王とは呼べないはずである。なぜならば、ただ倭王旨の上王である大王だけが彼を侯王と呼ぶことができるからである。
最近上古の「倭王」に対して、山尾幸久ら一部の学者は、ただ「一般的に常用する吉祥語」かあるいは「特別な解釈をする必要のない普通名詞」と同じものとしかみられないというが(34)、これはどこまでも身分用語で大王の意をたっとぶ臣下(大王の子弟宗親)を意味するものである。
それゆえ、銘文では百慈王が倭王旨を侯王と呼んでいるという事実だけでも、中国の年号とは無関係であることが証明されたのである。故に、銘文の「百慈王世△」の読法に対しても、通説は「百慈王世子」や「百慈王・世子」と判読しているのはあやまりである。(35)
「百慈王世子」が倭王旨を侯王と呼ぶことができないというのは『礼記』にもあり、ただ彼の父王である「大王」だけがそういうふうに呼べるのである。そして「百慈王・世子」の場合も同じく、万一銘文がそのように読むことができるならば銘文は当然「百慈王与世子」のように書かれていなければならない。したがって七支刀銘文の場合は、前後の表現を勘案してみるとき「王世△」は「王世子」ではなく「王世世」とみるのがもっとも合理的な読法になろう。(36)
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蘇鎮轍が執拗に繰り返す「侯王」なんて概念自体、基本的に存在しませんから。
諸侯や王を指す単語でしかないですし。確か陳勝の発言も、漢書では「侯王将相いずくんぞ種有らんや」でしたね。
これは メッセージ 447 (toapanlang さん)への返信です.
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