アン・ビョンジク氏インタビュー(6)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/12/16 21:20 投稿番号: [435 / 1474]
<安秉直先生
ニューライト・ポリズン
インタビュー>
www.nrzen.com No.22067 運営者 2006/12/13
照会数:1136 推薦:28
http://www.nrzen.com/cafebbs/view.html?gid=main&bid=cat_05&pid=22067
(翻訳その6)
(問) ニューライト全国連合の代弁人であるチェ・ソンホ教授は、一歩進んで慰安婦問題に対する先生の見解を指して、「慰安婦問題が自発的で貧しかったからだったと言うことは、日本の侵略に動員された女性たちを二度殺す行為だ。記録がないという理由で事件自体がなかったと言うことは、殺人者の前科記録を消したからもう犯罪者ではないという主張と違うところがない。」と言いました。
(答)さっきも話しましたが、私は強制が無かったと話したことはありません。チェ・ソンホ教授は、強制がなければ自発的だと言いましたが、これは深刻な論理的限界を持っています。人間の行動においては、強制によって行動するしかない場合もあり自発的な行動もあるが、果してこの二つの場合しかないのかと言えば、そうではないです。私たち人間の大部分は、強制でもなく自発的でもない形態で生活していますから。
例を挙げましょうか。学生は誰でも勉強が上手になりたいが、成績が必ず1位、2位であることはできない事です。誰かが強制で成績を悪くしたのではないですが、だからと言って自発的な結果だと言いますか? また、国民は誰でも金持ちになりたくて貧乏はいやです。しかし、貧しい人々は数えきれないほど多いですね。彼らが強制的に貧しくされたのではないからと言って、自発的に貧乏を選んだ人々だと言うことはできないですね。
慰安婦問題も同じです。韓国の幾多の慰安婦たちが、強制動員されたのではないとすれば皆自発的だと言うことは矛盾です。彼女らの大部分は経済的に貧しかったから、仕方なく慰安婦を選択するしかなかったわけで、これはすごく胸が痛むことです。こんな人が大学教授であるわけですが、学生をどんなに教えるのか甚だしく不安です。果して大学教授としての資格があるのか、こんな論理を持って学生たちを教えることができるのか疑問です。
(問) 先生と落星台研究所の研究結果に対して、「植民地近代化論」だと言っています。ところで、この概念自体は民族主義者の立場で下した結論のようでして、文明史的観点では別の解釈も可能ではないでしょうか?
(答)「植民地近代化論」は、進歩的学界が、落星台研究所の研究を道徳的に責めるために付けた名前です。私は植民地近代化という概念があまりにも抽象的だから良し悪しで、別の価値判断があり得るから近代化という言葉は当たらないと言いました。ところが、韓国の進歩的国史学界でこの用語を使っていたので、アメリカの韓国近代史学界がこの言葉を受け入れるようになりました。ただし、アメリカでは、「植民地近代化」ではない「植民地的近代性(colonial modernity)」とされました。
このようにして、経済史学界でも普通にこの用語を使うようになりました。植民地時代にも近代的に変化したという意味で使ってはいますが、実際には問題がある用語です。「近代化」というのは価値用語だからです。私は、基本的に、経済成長論、すなわち統計によって経済がどう動いて来たのかを中心に研究をしなければならないと思っています。
(問)良いお話をありがとうございました。
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(翻訳その6)
(問) ニューライト全国連合の代弁人であるチェ・ソンホ教授は、一歩進んで慰安婦問題に対する先生の見解を指して、「慰安婦問題が自発的で貧しかったからだったと言うことは、日本の侵略に動員された女性たちを二度殺す行為だ。記録がないという理由で事件自体がなかったと言うことは、殺人者の前科記録を消したからもう犯罪者ではないという主張と違うところがない。」と言いました。
(答)さっきも話しましたが、私は強制が無かったと話したことはありません。チェ・ソンホ教授は、強制がなければ自発的だと言いましたが、これは深刻な論理的限界を持っています。人間の行動においては、強制によって行動するしかない場合もあり自発的な行動もあるが、果してこの二つの場合しかないのかと言えば、そうではないです。私たち人間の大部分は、強制でもなく自発的でもない形態で生活していますから。
例を挙げましょうか。学生は誰でも勉強が上手になりたいが、成績が必ず1位、2位であることはできない事です。誰かが強制で成績を悪くしたのではないですが、だからと言って自発的な結果だと言いますか? また、国民は誰でも金持ちになりたくて貧乏はいやです。しかし、貧しい人々は数えきれないほど多いですね。彼らが強制的に貧しくされたのではないからと言って、自発的に貧乏を選んだ人々だと言うことはできないですね。
慰安婦問題も同じです。韓国の幾多の慰安婦たちが、強制動員されたのではないとすれば皆自発的だと言うことは矛盾です。彼女らの大部分は経済的に貧しかったから、仕方なく慰安婦を選択するしかなかったわけで、これはすごく胸が痛むことです。こんな人が大学教授であるわけですが、学生をどんなに教えるのか甚だしく不安です。果して大学教授としての資格があるのか、こんな論理を持って学生たちを教えることができるのか疑問です。
(問) 先生と落星台研究所の研究結果に対して、「植民地近代化論」だと言っています。ところで、この概念自体は民族主義者の立場で下した結論のようでして、文明史的観点では別の解釈も可能ではないでしょうか?
(答)「植民地近代化論」は、進歩的学界が、落星台研究所の研究を道徳的に責めるために付けた名前です。私は植民地近代化という概念があまりにも抽象的だから良し悪しで、別の価値判断があり得るから近代化という言葉は当たらないと言いました。ところが、韓国の進歩的国史学界でこの用語を使っていたので、アメリカの韓国近代史学界がこの言葉を受け入れるようになりました。ただし、アメリカでは、「植民地近代化」ではない「植民地的近代性(colonial modernity)」とされました。
このようにして、経済史学界でも普通にこの用語を使うようになりました。植民地時代にも近代的に変化したという意味で使ってはいますが、実際には問題がある用語です。「近代化」というのは価値用語だからです。私は、基本的に、経済成長論、すなわち統計によって経済がどう動いて来たのかを中心に研究をしなければならないと思っています。
(問)良いお話をありがとうございました。
これは メッセージ 434 (chaamiey さん)への返信です.
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