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百済武寧王について(1)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/06 11:51 投稿番号: [408 / 1474]
和歌山の隅田八幡宮には、
「癸末年八月日十大王年男弟王在意柴沙加宮時斯麻念長奉遣開中費直穢人今州利二人等取白上同二百桿作此竟」
という銘文のある銅鏡が存在します。

男弟王を継体天皇、斯麻を百済の武寧王(名は斯麻)と解釈し、武寧王が継体天皇のためにつくらせて送ったものとされています。

ところが、かの国の学者には、男弟王とは斯麻の弟だとして、半島の百済本国に帰還して即位する以前、九州の百済系倭国の国王だった斯麻が、近畿の倭国を治める弟に下賜したとする人がいます。

「弟王」というのは固有名詞「男弟王」ではなく、斯麻の弟を指すに違いない。倭王は百済王の臣下筋(侯王)だ、というのです。
これを証明したいがために、史書をさぐって無理やりな論理を展開するわけですが・・・

そんな努力をする学者「蘇鎮轍」の著書『金石文に見る百済武寧王の世界』(彩流社)の記述を2回に分けて紹介します。

・・・・・・・

四   青銅鏡に対する古代人の考えと慣行
   ―鏡は「献上物」ではない

  隅田八幡鏡を俎上にして、それは斯麻が男弟王に献上した貢物とみる学界の共通した視角は、まず銘文にも見えてないばかりでなく、古代東アジアの政治慣行からしても、また、そういう慣行が今もって遵守されている日本の歴史慣行からしても、これは到底黙過できない反歴史的解釈なのである。

1   鏡は「除魔具」(厄よけ)であり「権威の象徴」
  古代人がいだいていた青銅鏡の神秘性は、今日を生きるわれわれとしては到底理解できないとある史家は言っている。とくに上古の倭人たちはその程度が他に比べて甚大だったというから、ゆうに推定してあまりあろう。
  彼らにとって、銅鏡は決して華やかな装身具でもなく(青銅色)、また映像の実用道具でもない。彼らの淳朴な生に映った青銅鏡は、不思議にも「神威」をうけたものとして、呪術的性格が与えられたものと信じたようである。したがって、鏡は「除魔具」(厄よけ)同様のものでして、すべての災殃を退けると信じてきたのであり、また政治社会の拡大につれて、それは「権威の象徴」として、政治権力を生みだすものと信ずるようになったのである。

(続く)
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