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イ・ヨンフン教授特別講義 5(1)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/26 21:44 投稿番号: [222 / 1474]
解放はいかに成り立ったか

<解放前後史の再認識>特別講義(5)解放は世界資本主義の構造変化による世界的事件

[ イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-23
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1721


            (翻訳1)

  1945年8月15日、我が民族は日帝の抑圧から解放されました。その解放は、どういうふうに成り立ったのでしょうか?   どんな力が作用して、日帝がこの地から退くことになったのでしょうか?   この問題は、解放前後史の正しい認識に係わって一番核心的な問題であるにもかかわらず、今まで一度も真剣に論議されたことがありません。なぜ、これまでの50年間、歴史の真実がそのように頑なに軽んじられて来たのでしょうか。韓国の知性に、何か深刻な問題があると思います。

  この問題を扱うにあっては、まず、1931年から1945年まで東アジアと太平洋を舞台に展開された戦争の歴史を前提としなければなりません。   皆さんご存じのように、1931年、日帝は満州事変を起こして満洲に傀儡国を建てました。1933年には、北京を中心にした華北地方にまた一つの傀儡政府を建てます。1937年には、いよいよ南中国を含む中国沿岸に上陸作戦を敢行して、中国との全面戦争をします。ひいては、1941年12月には、ハワイの真珠湾を不意打ち攻撃することで、アメリカを相手にしたアジア・太平洋戦争に突入することになります。この一連の戦争を指して、日本の人々は15年戦争とも言います。

  日帝は、なぜ15年戦争をしたのでしょうか?   戦争で、おおよそ500万人に達する日本の若者たちが死ぬか負傷しました。中国人たちの被害は、その何倍にもなります。おおよそ2千万人だと言われています。
  1930年代、日本の経済はそのほかの先進国と違い、高度成長の中でした。特に、アフリカに至るまで海外輸出が大きく増加するなど、日本経済の対外依存度が高くなっていました。その過程で、新しい基軸通貨であるアメリカのドルに対する依存度が深くなっていました。そんな日本が、アメリカと、なぜ勝算もない無謀な戦争に突入したのでしょうか?   それは人間の理性ではすべて説明することができない歴史の謎でもあります。

  ともかく、隠せない事実は、我が民族はアジアと太平洋の主導権を巡って日本がアメリカとした戦争のおかげで、アメリカによって解放されたということです。1945年8月8日、広島にアトミックボムが落ちました。その悲劇の現場に、私たちの朝鮮の同胞もたくさんいました。続いて長崎にもアトミックボムが落ちたんです。そのようにアトミックボムの洗礼を受けたために、最後の1人まで本土を死守すると決意を固くしていた日帝も、ようやく降伏を宣言しました。まさにその瞬間、私たちの朝鮮が日帝から解放されたわけです。

  国際情勢に明るい、独立運動に携わった人々は、そういう日帝の終末をあらかじめ予見していましたが、 大多数の人々にとっては、それはとても急な事態でした。後に咸錫憲先生は、聖書の言葉を引用して、「解放が盗賊のように急にやって来た。」と言いました。 国際情勢に誰より明るいハワイの李承晩博士も、日帝が敗亡した消息を聞いて、魂が抜けたようにしばらくぼーっとした後に、夫人に「我が故郷に帰ることができるようになったよ」と言ったそうです。

  このように、我が民族は、アメリカが日本帝国主義を解体するはずみに解放されました。決して、私たちの力によって解放されたのではありません。 今日の韓国の若者たちは、少しばかり心がひりひり痛むとしても、この点を冷静に、二つの目をきちんと開いて正面から見つめなければなりません。解放前後史の正しい認識のための真正な出発点が、ここにあります。今まで解放と分断と建国の歴史を理解するにおいて大きい混乱があったのも、この点を明確に前提としなかったからだと言えます。


                (続く)
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