イ・ヨンフン教授 最新稿(5)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/23 21:27 投稿番号: [209 / 1474]
植民地収奪論 VS 植民地近代化論
『解放前後史の再認識』特別講義
(3)日本の朝鮮同化政策が生んだ朝鮮近代化
[ イ・ヨンフン / 2006-06-21 ] (翻訳)(5)
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1701
逆説的に聞こえるかも知れませんが、そういう植民地的収奪の結果として、朝鮮の社会と経済も近代化し始めました。日本人たちが工場を建てて農場を建てれば、朝鮮人たちが労働者として、小作農として雇用されます。それによって朝鮮人の所得が増加し始めます。さらに、朝鮮人の中にも、日本人を模範として工場を建てて企業家に成長する階層が発生します。
先ほど、近代民法の基本精神について述べました。私的自由の原則ですね。朝鮮人にもそういう私的自由の原則が適用されます。そうしてこそ「同化」ですから。
ところで、全体人口の2〜3%に過ぎない日本人が、朝鮮の土地と資源を全て所有することができたでしょうか? 絶対的には、相変らず朝鮮人所有の財産が多かったのです。そして、朝鮮人資産家の中から、日本人に学んだり、日本に留学して上級学校を卒業した近代的な人間集団が生まれます。今日の三星グループと現代グループを創業したイ・ビョンチョル先生と鄭周永(チョン・ジュヨン)先生も、共に、植民地期に企業を起こした人々です。
1939年末になると、そのように朝鮮人であって工場を経営している人の数が、日本人より多くなり4千人を超えるようになります。近代化の主役はあくまでも日本人でしたが、多数の朝鮮人たちもそこにようやく参加し始めたのです。近代から差別されながら近代を学習して、近代を実践し始めたのです。 そのようにして生じた近代的な人的資本を土台として、後に日帝がこの地から退いた時、この地に私たちの力で近代経済と近代社会と近代国家を建設することができたのです。
人間の理性で歴史の偶然性をすべて知ることはできません。日帝が永久併合しようとして同化政策を展開した結果がそのようになるとは、誰が分かったでしょうか。そんなことを指して、歴史の奸智だと言うのかも知れません。このように、日帝が朝鮮を植民地として支配した歴史の意義を近代的な法と制度の移植を通じた朝鮮の近代化という点に見出す学説を、「植民地近代化論」と言います。
今、放送をしている私と一緒に、主に経済史を研究する人々がそんな主張をし始めましたが、いつのまにか、知ってか知らずか、私どもを批判する人々がそういう名前を付けてくれました。「植民地近代化論」に関して、また植民地期に生じた経済的変化に関してもっと詳しく知りたい人は、『解放前後史の再認識』第1巻に掲載されたキム・ナンニョンの「植民地時期の工業化再論」とチュ・イクチョンの「植民地時期の生活水準」と言う二つの論文を参照してください。私の性急な話よりもずっと詳しく有益な説明があります。
イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)
*イ・ヨンフン教授の <解放前後史の再認識>特別講義EBSラジオホームページ(もう一度聞く)で聞くことができます。http://www.ebs.co.kr/Homepage/?progcd=0002420
(終)
『解放前後史の再認識』特別講義
(3)日本の朝鮮同化政策が生んだ朝鮮近代化
[ イ・ヨンフン / 2006-06-21 ] (翻訳)(5)
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1701
逆説的に聞こえるかも知れませんが、そういう植民地的収奪の結果として、朝鮮の社会と経済も近代化し始めました。日本人たちが工場を建てて農場を建てれば、朝鮮人たちが労働者として、小作農として雇用されます。それによって朝鮮人の所得が増加し始めます。さらに、朝鮮人の中にも、日本人を模範として工場を建てて企業家に成長する階層が発生します。
先ほど、近代民法の基本精神について述べました。私的自由の原則ですね。朝鮮人にもそういう私的自由の原則が適用されます。そうしてこそ「同化」ですから。
ところで、全体人口の2〜3%に過ぎない日本人が、朝鮮の土地と資源を全て所有することができたでしょうか? 絶対的には、相変らず朝鮮人所有の財産が多かったのです。そして、朝鮮人資産家の中から、日本人に学んだり、日本に留学して上級学校を卒業した近代的な人間集団が生まれます。今日の三星グループと現代グループを創業したイ・ビョンチョル先生と鄭周永(チョン・ジュヨン)先生も、共に、植民地期に企業を起こした人々です。
1939年末になると、そのように朝鮮人であって工場を経営している人の数が、日本人より多くなり4千人を超えるようになります。近代化の主役はあくまでも日本人でしたが、多数の朝鮮人たちもそこにようやく参加し始めたのです。近代から差別されながら近代を学習して、近代を実践し始めたのです。 そのようにして生じた近代的な人的資本を土台として、後に日帝がこの地から退いた時、この地に私たちの力で近代経済と近代社会と近代国家を建設することができたのです。
人間の理性で歴史の偶然性をすべて知ることはできません。日帝が永久併合しようとして同化政策を展開した結果がそのようになるとは、誰が分かったでしょうか。そんなことを指して、歴史の奸智だと言うのかも知れません。このように、日帝が朝鮮を植民地として支配した歴史の意義を近代的な法と制度の移植を通じた朝鮮の近代化という点に見出す学説を、「植民地近代化論」と言います。
今、放送をしている私と一緒に、主に経済史を研究する人々がそんな主張をし始めましたが、いつのまにか、知ってか知らずか、私どもを批判する人々がそういう名前を付けてくれました。「植民地近代化論」に関して、また植民地期に生じた経済的変化に関してもっと詳しく知りたい人は、『解放前後史の再認識』第1巻に掲載されたキム・ナンニョンの「植民地時期の工業化再論」とチュ・イクチョンの「植民地時期の生活水準」と言う二つの論文を参照してください。私の性急な話よりもずっと詳しく有益な説明があります。
イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)
*イ・ヨンフン教授の <解放前後史の再認識>特別講義EBSラジオホームページ(もう一度聞く)で聞くことができます。http://www.ebs.co.kr/Homepage/?progcd=0002420
(終)
これは メッセージ 207 (chaamiey さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4za5aba5fbbqnabcbc_1/209.html