朝鮮話法またも炸裂!
投稿者: greatjp22 投稿日時: 2006/11/14 02:43 投稿番号: [8858 / 30895]
「願望」は「切望」へと変化し、ついには「捏造してるに違いない」
へと変化。そして「捏造だ!」へ。
結果、第一次資料を否定するという暴挙にwwwww
哀れなほど痛い人達wwww
「開化派・金玉均の『甲申日録』は日本人が書いた偽書」
朝鮮時代末期の開化派指導者・金玉均(キムオクキュン/1851−1894年)が甲申政変について直接記録した日記としてこれまで知られていた『甲申日録』が、日本人の手による偽書だという研究結果が出た。
韓日近代史研究家で広島市立大の姜範錫(カン・ボムソク)名誉教授は12日、「当時の関連文書と比較分析した結果、『甲申日録』は日本人が甲申政変の翌年(1885年)末にあたかも金玉均本人が書いたかのように偽書したものであることは明らかだ」と主張した。姜範錫教授のこの研究は、今週中に単行本『失われた革命』(ソル出版社)として出版される予定だ。
姜範錫教授は、▲甲申政変直後、日本に亡命した金玉均と朴泳孝(パク・ヨンヒョ)の陳述を日本人が記録した2種類の『石筆日記』が存在し、▲これを元に『朝鮮甲申日記』が書かれ、▲『朝鮮甲申日記』を参考にして福沢諭吉が書いたのが「明治17年朝鮮京城変乱の始末」であり、▲再びこれを土台に『甲申日録』が書かれたと主張した。内容や文体、記述方式の点から、『朝鮮甲申日記』、「京城変乱の始末」、『甲申日録』へ継承されていった相互関係が明白に見て取れるというのだ。
さらに、『甲申日録』が偽書であるという決定的な証拠として、姜範錫教授は高宗が「日使来衛(日本公使は来て〈わたしを〉護れ)」と要請した言葉が中間段階の文書の日本語訳を経て、「日本公使来護朕(日本公使は来て朕を護れ)」という言葉に変えられ、それが『甲申日録』にそのまま記されている点を挙げた。
このほかにも、▲金玉均が使うはずのない日本式漢文表現がある点、▲竹添進一郎日本公使がソウルに赴任する前の記録があまりにも簡略な点、▲郵征総局の祝賀宴の座席図において、徐光範(ソ・グァンボム)が抜けている点、▲金玉均自身が『甲申日録』についてまったく言及しなかったという点などを偽書の証拠として提示した。
それでは『甲申日録』を実際に執筆したのは誰かという点について、姜範錫教授は「当時、外交顧問として新聞発行を指導していた井上角五郎や福沢諭吉などが密接に関係していると見ている」と話した。さらに、偽書を書いた理由についても、『甲申日録』で駐朝鮮公使の竹添進一郎に全責任を押しつけることにより、甲申政変の黒幕と見られる伊藤博文や井上馨の役割を隠そうとしたと説明した。
韓国学界は姜範錫教授の分析に対し、肯定的な反応を見せている。檀国大の金源模(キム・ウォンモ)名誉教授は「非常に緻密な研究であり、事実として受け入れるべきだ」と評した。
また、ソウル大国史学科の李泰鎮(イ・テジン)教授は「これまで甲申政変の第1級の資料だった『甲申日録』が偽書であると明らかにされたことにより、甲申政変そのものを再評価する道が開かれた」と語った。
ユ・ソクジェ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
へと変化。そして「捏造だ!」へ。
結果、第一次資料を否定するという暴挙にwwwww
哀れなほど痛い人達wwww
「開化派・金玉均の『甲申日録』は日本人が書いた偽書」
朝鮮時代末期の開化派指導者・金玉均(キムオクキュン/1851−1894年)が甲申政変について直接記録した日記としてこれまで知られていた『甲申日録』が、日本人の手による偽書だという研究結果が出た。
韓日近代史研究家で広島市立大の姜範錫(カン・ボムソク)名誉教授は12日、「当時の関連文書と比較分析した結果、『甲申日録』は日本人が甲申政変の翌年(1885年)末にあたかも金玉均本人が書いたかのように偽書したものであることは明らかだ」と主張した。姜範錫教授のこの研究は、今週中に単行本『失われた革命』(ソル出版社)として出版される予定だ。
姜範錫教授は、▲甲申政変直後、日本に亡命した金玉均と朴泳孝(パク・ヨンヒョ)の陳述を日本人が記録した2種類の『石筆日記』が存在し、▲これを元に『朝鮮甲申日記』が書かれ、▲『朝鮮甲申日記』を参考にして福沢諭吉が書いたのが「明治17年朝鮮京城変乱の始末」であり、▲再びこれを土台に『甲申日録』が書かれたと主張した。内容や文体、記述方式の点から、『朝鮮甲申日記』、「京城変乱の始末」、『甲申日録』へ継承されていった相互関係が明白に見て取れるというのだ。
さらに、『甲申日録』が偽書であるという決定的な証拠として、姜範錫教授は高宗が「日使来衛(日本公使は来て〈わたしを〉護れ)」と要請した言葉が中間段階の文書の日本語訳を経て、「日本公使来護朕(日本公使は来て朕を護れ)」という言葉に変えられ、それが『甲申日録』にそのまま記されている点を挙げた。
このほかにも、▲金玉均が使うはずのない日本式漢文表現がある点、▲竹添進一郎日本公使がソウルに赴任する前の記録があまりにも簡略な点、▲郵征総局の祝賀宴の座席図において、徐光範(ソ・グァンボム)が抜けている点、▲金玉均自身が『甲申日録』についてまったく言及しなかったという点などを偽書の証拠として提示した。
それでは『甲申日録』を実際に執筆したのは誰かという点について、姜範錫教授は「当時、外交顧問として新聞発行を指導していた井上角五郎や福沢諭吉などが密接に関係していると見ている」と話した。さらに、偽書を書いた理由についても、『甲申日録』で駐朝鮮公使の竹添進一郎に全責任を押しつけることにより、甲申政変の黒幕と見られる伊藤博文や井上馨の役割を隠そうとしたと説明した。
韓国学界は姜範錫教授の分析に対し、肯定的な反応を見せている。檀国大の金源模(キム・ウォンモ)名誉教授は「非常に緻密な研究であり、事実として受け入れるべきだ」と評した。
また、ソウル大国史学科の李泰鎮(イ・テジン)教授は「これまで甲申政変の第1級の資料だった『甲申日録』が偽書であると明らかにされたことにより、甲申政変そのものを再評価する道が開かれた」と語った。
ユ・ソクジェ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9qbfma4ha1a28bdbcba4rmfd2ra4bba4ha1aa_1/8858.html