Re: サムライさんに質問<検証1
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/22 00:52 投稿番号: [7563 / 30895]
さっそくの検証、ありがとうございます。
>>平壌で6ヶ月、ソウルで6ヶ月の訓練をうけたのち
>陸軍は新兵の教育は、各連隊内で行っておりましたので、初年兵教育(半年間)は当然、連隊内で行われます。
平壌で訓練(初年兵教育)を受けたとなると、所属は第20師団(通称号:朝兵団)隷下の歩兵第39旅団・歩兵第77連隊(平壌)と考えられます。
その本では、李煕白氏が、
「本当はソウルのほうが家から近いのだが、脱走を防ぐためにわざと遠い所へ送って訓練させた」
なんて言ってました。
>第20師団は昭和16年7月動員下令となりますが、開戦後は暫く京城(ソウル)で訓練を行っておりました。
戦地へは昭和18年になって南方軍第18軍隷下としてニューギニア戦線に参加。
豪州軍との交戦を行い、終戦を迎えます。
崔慶禄の原隊でしょうかね。
>「平壌、ソウルで各6ヶ月の訓練」と言う事「だけ」でしたら、史実に合致しますが、時期がズレまくっています。
訓練終了が昭和20年3月末、となると。
第20師団も第30師団も、既に壊滅(ほぼ全滅)しております。
第一、その頃は沖縄戦の頃ですから。
南方への兵力輸送は「不可能」です。
まったく年月日が記載されていないのです。何ぼ高校生でも突っ込んで訊かんかい!もしくは教師が指導しろ!なんてもどかしく思いながら見ました。
>>熱帯のほうで船が沈められ救助されたのち、鉄道など陸路を伝ってビルマに行って戦ったとあります。
>上記のように、可能性として第20師団、又は第30師団ですので、場所はニューギニアかフィリピン。
沈められた場所は不明ですが、鉄道・陸路と言うからには可能性としてインドシナからか、マレー半島からか。
私はマレー半島かな、とも思ったのですが、これも上陸地や輸送ルートについて記載が全くありませんでした。
>然るにこういう場合、余程の高級将校(佐官級以上)以外は大抵現地駐留軍に組み込まれますから。
一兵卒を鉄道や陸上輸送機関(トラックか?)を使って、わざわざ原隊まで送り届ける、なんてことは有り得ません。
救助された連中が組み込まれた現地駐留部隊がビルマ防衛戦に動員された、ということはありますかねぇ?
これは メッセージ 7560 (samurai_06_japan さん)への返信です.
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