元慰安婦の訴状
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/16 16:01 投稿番号: [3362 / 30895]
金学順(キム・ハンスク)の申告(訴状から)
1923年中国東北(満州)吉林省に生まれたが、生後まもなく父が死亡したので平壌へもどった。母は家政婦などをしていたが、貧困のため学順は小学校を四年で中退、金泰元の養女となり、十四歳から三年間キーセン学校に通った。
1939年、「金儲けができる」と説得され、一歳上のエミ子とともに養父に連れられ中国へ渡った。北京を経て鉄壁鎮という小集落で養父と別れて慰安所へ入れられ、日本軍兵士のために性サービスを強要された。軍医の検診があった。同じ年の秋、知り合った朝鮮人商人(趙元讃)に頼んで脱出し、各地を転々としたのち、上海で夫婦になった。
フランス人租界で中国人相手の質屋をしながら生活、二人の子を得て終戦の翌年、韓国へ帰った。朝鮮戦争中に夫は事故死、子も病死し、韓国中を転々としながら酒、タバコものむような生活を送った。身寄りのない現在は政府から生活保護を受けている。
人生の不幸は、軍隊慰安婦を強いられたことから始まった。日本政府は悪かったと認め、謝罪すべきである。
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あのね、この金泰元と言う養父、養父としてるが実際は女衒でしょう。
一般の花嫁にするために、キーセン学校へ通わせたのか?
母親にお金を払い、養女にしたのでしょう。
1937年当時の満州には慰安所なんて無かったの。
あったのは女郎屋(売春宿)だけ
これは メッセージ 3361 (akanbei_21c さん)への返信です.
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