jugem96 さん
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/10/24 12:33 投稿番号: [2410 / 30895]
初めまして。東亜と申します。
私は「怨霊信仰」の観点から靖国神社に興味を抱くようになったのですが、あなたの紹介されたとおり、自然死ではなく、戦死や夭折など尋常ならざる死を遂げた者は祀らなくてはならない、というのは日本の宗教の基本ですね。
支那にも、関羽のように横死した人物を祀り、ご利益を期待する風習があり(ちなみに関羽に討たれた顔良の戦死した場所の周囲何里四方で関羽の廟を建てると顔良が祟るといいます)、朝鮮の巫堂でも、暗殺された高麗の恭愍王、李成桂と争った崔蛍が祀られるというのがあります。
本来、彼らにとっても理解できない風習ではないはずなんですがねぇ。
「他国領内で丸腰の文民を暗殺したテロリストを崇拝」するのも、怨霊信仰からいけば無理からぬことではあります。(処刑されてますから)
しかし、その事績を大々的に持ち上げて顕彰するのは愚行ですね。
それじゃ、遊就館の歴史認識はどうなんだ?と言われそうですが、あれはあそこだけで主張し、国家的に宣伝をしておりません。
死者の事績を顕彰するのは鎮魂行為の一環、という怨霊信仰の基本の一つですので問題とはなりませんね。対外的に大きく宣伝するなら、それから逸脱するのでしょうが。
以上、怨霊信仰の側面から見た記述でした。
これは メッセージ 2395 (jugem96 さん)への返信です.
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