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補償金の請求先発見w

投稿者: greatjp22 投稿日時: 2008/03/27 07:59 投稿番号: [12393 / 30895]
タコ朝鮮の皆さんは、政府なんてほっといてポスコに請求すれば

良いねw あの時の個人に回すべき金使って成長しましたって白状

してるしw



<インタビュー>「新日鉄の支援なしに今日のポスコはない」朴泰俊名誉会長

関連タグ ポスコ朴泰俊






それは神話でも奇跡でもなかった。 人間の意志の勝利にすぎない。 世界鉄鋼史を塗り替えている浦項(ポハン)総合製鉄。 02年にポスコに改名した同社が、4月1日に創立40周年を迎える。 朴泰俊(パク・テジュン)名誉会長(81)なくしてポスコを語ることはできない。 22日、ソウルファイナンスセンターの事務室で‘韓国製鉄の父’と呼ばれる朴泰俊名誉会長に単独インタビューした。 これに先立ち、2月28日にも朴泰俊氏に会い、3月14日には浦項を訪問して製鉄所を見回った。

朴泰俊氏は「韓国経済がずっと繁栄していくには、技術優位を確保するしかない。 しかし最近の韓国社会は技術者を大切にしていないので心配だ。 中国やインドが急速に追い上げてくる中で、今の状態は良くない。 技術開発にもっと力を注ぐ必要がある」と述べた。

−−40年を迎えるが、まずどんなことが思い浮かぶか。

「正直いって、浦項(ポハン)と光陽(クァンヤン)の大きな製鉄所を、どうやってここまで作ったのかという気持ちだ。 私も年を取ったようだ。 当時はこれしきのことでと突っ走ってきたが…。 本当に若い頃は無我夢中だった」

−−自身も‘大したものだ’という気持ちだと思うが。

「年産1000万トン以上の製鉄所を2カ所も作ったのは自分以外にいない。 私が見て学んだ新日本製鐵(新日鉄)にもそのような人はいない。 1992年10月に光陽製鉄所の4基を終えた時、‘ああ、自分のすべきことは終わった’と感じた。 そして後輩たちに経営を任せて退いた。 あれからすでに15年が過ぎた」

−−初期は見通しが暗かったというが。

「新日鉄の稲山嘉寛会長(87年逝去)に絶対的に依存した。 朴正煕(パク・ジョンヒ)大統領の製鉄立国執念と稲山会長の全幅的な支援がなければ、今日の浦項製鉄はなかったはずだ。 苦労の末、73年6月9日に浦項1高炉で初めて溶解鉄があふれ出た。 それは一つの‘事件’だった。 浦項製鉄職員全員の血と汗の結晶であり、大韓民国が工業国家として第一歩を踏み出した瞬間だった」

−−資金調達はどうしたのか。

「米国からの借款のために努力した。 しかし駄目だった。 韓国の総合製鉄所は成功の可能性がない、ということだった。 それで考え出したのが、日本との国交正常化で受けた対日請求権資金だ。 朴大統領も私のアイデアを積極的に支持してくれた。 3億ドルのうち、当時使って残った金額は7370万ドルだった。 さらに日本輸出入銀行から5000万ドルを借り、本格的な工事を始めることができた」



以下略



シム・サンボク・エディター/中央日報   Joins.com
2008.03.26 19:07:52


http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=97939&servcode=300§code=320
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