Re: 従軍慰安婦。東條の発想、岸信介が後押
投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2007/06/18 00:07 投稿番号: [10835 / 30895]
>東條が陸軍大臣になったとき、取り巻きの下級〜上級将校らに、
>戦争始めたら 『俺が陸軍大臣、いずれ総理大臣になる、善戦で戦う貴様らに前祝いに褒美を取らせる』。
>その言葉から、将校、佐官クラスがスケベ頭を寄せて
>当時朝鮮総督府と連絡を取って、
>強制的に、朝鮮婦女子をかり集めたのが真相。
東条英機の陸相就任は、第2次近衛内閣1940年(昭和15年)7月22日。
首相就任は1941年(昭和16年)10月18日。
ってー事は。
少なくとも1941年10月18日「以前」の、所謂「慰安婦発言」は、全て「でっち上げ」って事か。
>当時の朝鮮総督はのちにその悪の功績も認められて
>首相を務めた(小磯国昭・陸軍大将)。
小磯国昭は、東条内閣打倒後の「第41代内閣総理大臣」なんだが?
言わば、アンチ東條の結果。
矛盾しているねぇ?(笑)
>だから化イグは全くHが出来ないで悔しがった!
>そして陸軍を終戦まで・・今もバカにし続けている。
「化イグ」って何だよ?「化イグ」って?(笑)
「海軍」ってーのなら。
「准士官」以上は「料亭」だし、「下士官兵」は「遊郭」だな。
*戦地後方地域への出張もしていたが。
>むろん現地警察、朝鮮駐留憲兵も全面的に
>Hな役得の劣情も絡んで全面的に協力した事は事実である。
あっそー。
んじゃ、警察の半数近くは「朝鮮人」だったよなぁ。
「同胞」の女性が拉致られ、売り飛ばされる片棒担いでたの?(笑)
>自民党が政権を去ったとき、国会の押し入から防衛省の屋根裏から探し出される。
1993年8月9日〜1994年4月28日の細川内閣(日本新党・新党さきがけ・日本社会党・新生党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合)
1994年6月30日〜1995年8月8日の村山内閣(自・社・さ連立政権。正確には自民は政権に関わっているが)
1995年8月8日〜1996年1月11日の村山改造内閣(同上)
この時どうして、「国会の押し入から防衛省の屋根裏から」探し出されなかったの?(笑)
これは メッセージ 10824 (haruhabasyayoriaruki さん)への返信です.
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