Re: テコンドー熱が冷める
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/08 17:17 投稿番号: [1388 / 8735]
>経営も大事ですが、
道場で教える事って、こうあるべきかなと思います。
かつてアメリカで空手が流行りだしたころ、日本人が道場を開いたのですが、道場の掃除を命じたところ、通っているアメリカ人が怒り出しました。
「私は空手を習うためにきている。あなたの私用をするためではない」
というのです。そのアメリカ人にとっては道場の掃除が何を意味するものか理解できなかったのです。
そこで道場主は、練習だけでなく普段の生活の中の所作ですら修行の一環であり、心技体を鍛錬するものだというのが「教え」であると説明してようやく納得した、という話があります。
日本における「道」の多くは、江戸時代に成立しているのですが、競技の行為だけでなく、普段の振る舞いや所作ですら鍛錬の一環である、という思想があります。
これは禅の教えに由来するものでしょう。禅では、座禅だけでなく日常生活のあらゆる所作の中に、大悟する「禅機」を見つけようとします。
こういった考え方が、スポーツにすら「道」を見出すという日本独特の発展(功罪ともにあるんですが)を導いたものと考えております。
>又、相撲チャンピョンの少年の
「なぜ相撲に憧れるのか?」の問いに対するコメントは、
「礼儀作法を重んじるから」だそうです。
日本の「部活動」に代表される学生クラブ活動の階級性は、礼儀や上下関係を重視しすぎる、とよく批難されるのですが、禅に基づく修行観と、民俗学にいう「若衆宿――青少年が社会礼儀や公共性を学び実践する場である――」の観点を抜きにして、西洋伝来の「クラブ」観だけで論じるのは不公平だと考えております。
いわでものことですが、実は前の会社で同僚と、地域のコミュニケーションが希薄となった現代において、若衆宿の効能を生かしての生涯スポーツ振興&地域の結びつきの復活をもくろむ行政施策を研究模索していたのですが、2人ともあっさり左遷(?)されてしまいましたー。ははは。(ほんま、笑うしかないわ)
これは メッセージ 1384 (sampom337 さん)への返信です.
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