Re: “海東の堯舜”と呼ばれたニダ
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2009/07/28 16:04 投稿番号: [2432 / 4080]
世宗時代は
挑戦王朝の黄金期でしょうから
事実である可能性はなくはないと思います
ただ
挑戦王朝は
放伐や革命によって国を失ったのではなく
堯が舜に
舜が禹に国を譲った如く
日本に禅譲(つか
併合)されていますので
前代の悪弊について
後代に記載されてないだけ
ともとれます
支那なんかでは
水増しが比較的頻繁でしたから
その手法で解くなら
>中期まで50万結だった韓国の田結数は、世宗14年(1432年)に平壌・咸鏡道を除いても 118万6070結となり、2倍以上に増加した
などは
水増しである可能性もあります
たかだか数年で
田畑が倍以上に増えるのは
そうそう簡単なことではありません
水増しでなく事実だとしたら
二つ考えられるのは
ひとつには
庶民の隠し田を摘発したか
もう一つには従来の田畑を分割して数だけ増やした
と言う可能性
もし事実
官主導で
数年程度でこんなコトをしたら
国庫が空になってしまうでしょう
ついで
>土地1結当たり平均300斗だった生産量は、世宗26年には最高1200斗へと4倍に増えた
これも
官の搾取が酷いと考えるべき事柄ではないかと考えます
近代的農法が確立して居らず
あるいは肥料などに革新的な技術導入が無い場合
これは起こりえない筈です
これは メッセージ 2431 (doronpa95 さん)への返信です.
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