韓国の司法改革に学べ(08/11/10)
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/11/11 23:22 投稿番号: [2121 / 4080]
ウォン安が止まるところを知らないとして韓国経済危機が声高に叫ばれている。この2、3年、閑古鳥が鳴いていた赤坂の韓国クラブ街が今年の春頃から息を吹き返した。円安の日本を去ってウォン高の韓国に戻っていた韓国人ホステスやホストが、ウォン安の韓国から日本に戻って来たためだという。彼らは商品のグローバルな移動ばかりか、一人一人の国民が海外で働くことが有利だと見れば、国外への出稼ぎに何のためらいも見せない。私の世界120ヵ国に及ぶ旅行体験からしても、インドやベトナム、中近東では、そこここで働く多くの韓国人を見かけるのに、こうした国々で働く日本人には滅多に会わない。世界との距離感が全く異なっているのである。日本人はグローバルという視点を韓国から学ぶべきである。
不安症候群に染まる日本
日本中にストレスや貧困からうつ状態に追い込まれたり、食品をはじめとして安全・安心の崩壊に直面して不安症候群となった人々が急増している。株価の下落を目の前にしても、1500兆円と言われる自国民の資金は一向に動く気配がない。日本人が日本株を買わないで、外国人買いに期待するだけでは株価が上昇するはずもない。
リスクを計算して取れるリスクは取り、取れないリスクはヘッジするか回避するのがまともな大人の生き方であろう。「前に出る」姿勢のない国は縮む一方である。
こうした日本人の不安症候群により、司法制度改革の目玉とされたロースクール志望者は激減し、裁判員制度も頓挫しそうな気配が見える。
韓国における果敢な挑戦
(1)国民参与裁判制度
韓国では市民が初めて裁判に参加する「国民参与裁判制度」が今年から施行され、初めての裁判が2月12日に韓国南東部の大邱地裁で開かれた。来年5月に予定される日本の裁判員制度の施行より1年以上早い。この制度は市民が評議して有罪・無罪を決める「米国型の陪審制」と、裁判官と市民が協働する「大陸型の参審制」を組み合わせたもので、2年間試行した後、再検討した上で最終的な形を決める。
国民参与裁判は「裁判の民主化」を唱えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の意向で、昨年4月末の立法からわずか1年足らずで実施に至った。殺人や強盗などの重大犯罪を巡る刑事裁判の一審が対象となり、裁判に参加する人が国民から無作為で選ばれるのは日本の裁判員制度と似ている。一方、評議は参与員だけで全員一致により無罪か有罪かを決めるが、裁判官はその評決と違う判決を言い渡すことができる。全員一致にならなかったら裁判官が加わって評決する。さらに被告人が、国民参与裁判か、裁判官だけによる裁判かを選択できるのも日本の裁判員制度とは異なっている。
韓国最高裁によると、対象になる裁判件数は年間4000〜5000件に上るという。既に、参与員の判断が最高裁で認められたケースも出始めている。
韓国民には国民参加型の裁判を行った経験が全くない。それでも韓国は国際水準とされ、先進諸国で一般化している国民の司法参加に踏み切ったし、いったん決定したら全力で試行を開始している。
先月ソウル地方弁護士会との交流のためソウルを訪れた第二東京弁護士会の理事者によれば、この制度の導入により参与員のために法廷で双方が書面に頼らず口頭で弁論をし、証拠も提出するという直接主義が中心となったため、民事裁判においても書面のやりとりよりも、口頭で主張を展開することが重視され始めたとのことである。また、裁判所は国民に親しまれることを意識して、事件の当事者を「お客様」と表現するようになり、裁判のあり方が大きく変化するきっかけとなっているともいう。
もともと、わが国では、普通選挙の導入と平仄(ひょうそく)を合わせて、司法への民意の導入として、昭和3年から戦時に至る17年まで15年間、陪審制が実施された実績がある。その上さらに5年もの準備期間を置いたのにまだ、実施延期や手直し要求に混迷している。これでは国民主権の裁判制度も韓国に置いて行かれてしまう。
(2)ロースクール
韓国では2006年末で法曹1人当たりの人口5758人(日本は現在約5000人)を、2020年ごろまでに経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均である1482人に引き下げることを目標にしている。日本の目標2500人よりもさらにハードルは高い。達成されれば、弁護士数は3万人を超え、日本に置き換えると8万人の弁護士となる。
司法改革はわが国が生き残るための競争
(日比谷パーク法律事務所代表弁護士・大宮法科大学院大学教授 久保利英明 氏寄稿)
http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/article.aspx?site=MARKET&genre=q9&id=MMMAq9000010112008
不安症候群に染まる日本
日本中にストレスや貧困からうつ状態に追い込まれたり、食品をはじめとして安全・安心の崩壊に直面して不安症候群となった人々が急増している。株価の下落を目の前にしても、1500兆円と言われる自国民の資金は一向に動く気配がない。日本人が日本株を買わないで、外国人買いに期待するだけでは株価が上昇するはずもない。
リスクを計算して取れるリスクは取り、取れないリスクはヘッジするか回避するのがまともな大人の生き方であろう。「前に出る」姿勢のない国は縮む一方である。
こうした日本人の不安症候群により、司法制度改革の目玉とされたロースクール志望者は激減し、裁判員制度も頓挫しそうな気配が見える。
韓国における果敢な挑戦
(1)国民参与裁判制度
韓国では市民が初めて裁判に参加する「国民参与裁判制度」が今年から施行され、初めての裁判が2月12日に韓国南東部の大邱地裁で開かれた。来年5月に予定される日本の裁判員制度の施行より1年以上早い。この制度は市民が評議して有罪・無罪を決める「米国型の陪審制」と、裁判官と市民が協働する「大陸型の参審制」を組み合わせたもので、2年間試行した後、再検討した上で最終的な形を決める。
国民参与裁判は「裁判の民主化」を唱えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の意向で、昨年4月末の立法からわずか1年足らずで実施に至った。殺人や強盗などの重大犯罪を巡る刑事裁判の一審が対象となり、裁判に参加する人が国民から無作為で選ばれるのは日本の裁判員制度と似ている。一方、評議は参与員だけで全員一致により無罪か有罪かを決めるが、裁判官はその評決と違う判決を言い渡すことができる。全員一致にならなかったら裁判官が加わって評決する。さらに被告人が、国民参与裁判か、裁判官だけによる裁判かを選択できるのも日本の裁判員制度とは異なっている。
韓国最高裁によると、対象になる裁判件数は年間4000〜5000件に上るという。既に、参与員の判断が最高裁で認められたケースも出始めている。
韓国民には国民参加型の裁判を行った経験が全くない。それでも韓国は国際水準とされ、先進諸国で一般化している国民の司法参加に踏み切ったし、いったん決定したら全力で試行を開始している。
先月ソウル地方弁護士会との交流のためソウルを訪れた第二東京弁護士会の理事者によれば、この制度の導入により参与員のために法廷で双方が書面に頼らず口頭で弁論をし、証拠も提出するという直接主義が中心となったため、民事裁判においても書面のやりとりよりも、口頭で主張を展開することが重視され始めたとのことである。また、裁判所は国民に親しまれることを意識して、事件の当事者を「お客様」と表現するようになり、裁判のあり方が大きく変化するきっかけとなっているともいう。
もともと、わが国では、普通選挙の導入と平仄(ひょうそく)を合わせて、司法への民意の導入として、昭和3年から戦時に至る17年まで15年間、陪審制が実施された実績がある。その上さらに5年もの準備期間を置いたのにまだ、実施延期や手直し要求に混迷している。これでは国民主権の裁判制度も韓国に置いて行かれてしまう。
(2)ロースクール
韓国では2006年末で法曹1人当たりの人口5758人(日本は現在約5000人)を、2020年ごろまでに経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均である1482人に引き下げることを目標にしている。日本の目標2500人よりもさらにハードルは高い。達成されれば、弁護士数は3万人を超え、日本に置き換えると8万人の弁護士となる。
司法改革はわが国が生き残るための競争
(日比谷パーク法律事務所代表弁護士・大宮法科大学院大学教授 久保利英明 氏寄稿)
http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/article.aspx?site=MARKET&genre=q9&id=MMMAq9000010112008
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