懐かしい
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/11/01 15:52 投稿番号: [35943 / 38959]
>あまりカルロスを過大評価してはいけません。
自分のごくごく限られた仕事上の経験での拙い話ですが、ゴーン氏になってから、日産との付き合いはラクになったと痛感した事もありました。
もちろん、味的にはつまらなくなりましたが、取引先としては、仕事が理路整然としてきて、ラクになったのは事実です。(前の仕事での経験なので、今現在は、分かりませんが。)
ただ、風前の灯だったZがモデルチェンジ出来た事や、(スカイラインではないにしても)GT-Rが復活した事も、まあそれなりに評価してはいいかなとは思います。
マツダが、なにがなんでもロータリーの灯火を消せないように、日産も消してはいけないものがあり、ファfンからの手紙を沢山受け取り、「この会社がこんなにファンがいるとは知らなかった」と、ある程度まで要望に応えたゴーン氏は、いちおう、ガチガチの銀行屋よりはマシだとも言えましょうか。
もう一つ思い出すのは、ワタシがいた会社が、ゴーン体制で見捨てられた日産幹部の受け皿になってしまい、うんざりした事でしょうか。
>渡邊さんがNISMOに去ってサクライズムを受け継ぐ技術者はいなくなりましたから
去ると言いますか、荻窪(旧プリンス系)の技術者は大体系列会社の役員として、体よく追っ払われるのが常でしたから、最初から「日産」に入社した渡邊氏も、荻窪の系列ならば本社や厚木のテクニカルセンターにはいられなかったとは思います。
>Nurエンジン
Nurと言いますか、BNR34は、とても懐かしい、甘酸っぱいといいますか、ほろ苦いと言いますか、悲喜こもごものクルマです。
あれのとある部品を作る会社にいましたが、誇らしい半面、実務では苦労しどおしで、泣きたい事もありました。
今、BNR34をロハでくれると言われても、複雑な思いがするだろうなと思います。(当然経済的に、自分にはムリなクルマですが。)
そこへいくと、櫻井氏の弟子の島田氏が、今でもR31オーテックに乗っているのを見ると、今では気分が晴れやかなのかな、とも思います。
特に泣き叫びたいほど苦労したのが、N1仕様用の部品でした。(GT-R系では、R32以降、ノーマル用とか、NISMO仕様とか、N1仕様だとか、なんかいろいろあったなあ。)
その部分の設計が悪いのか、それとも部品の品質が悪いのか、はたまた生産設備が悪いのか…。
仕事上で最も苦労したのが、実はプレサージュ(笑)なんですが、ある部分にはとんでもなく凝ったものの、「どうやら、オデッセイみたいなミニバンらしい」と聞いてから、「あ、ダメだ。せっかく苦労しても、全然売れそうに無いや」と心底ガッカリしたのをいまでも憶えています。(ワタシは技術者ではないので、どういうクルマなのかについての情報に接するのは割と遅かった。)
売れないと分かっているクルマの仕事で苦労する事ほど、悲しい事はありませんでした。
以上、拙い話で失礼しました。
自分のごくごく限られた仕事上の経験での拙い話ですが、ゴーン氏になってから、日産との付き合いはラクになったと痛感した事もありました。
もちろん、味的にはつまらなくなりましたが、取引先としては、仕事が理路整然としてきて、ラクになったのは事実です。(前の仕事での経験なので、今現在は、分かりませんが。)
ただ、風前の灯だったZがモデルチェンジ出来た事や、(スカイラインではないにしても)GT-Rが復活した事も、まあそれなりに評価してはいいかなとは思います。
マツダが、なにがなんでもロータリーの灯火を消せないように、日産も消してはいけないものがあり、ファfンからの手紙を沢山受け取り、「この会社がこんなにファンがいるとは知らなかった」と、ある程度まで要望に応えたゴーン氏は、いちおう、ガチガチの銀行屋よりはマシだとも言えましょうか。
もう一つ思い出すのは、ワタシがいた会社が、ゴーン体制で見捨てられた日産幹部の受け皿になってしまい、うんざりした事でしょうか。
>渡邊さんがNISMOに去ってサクライズムを受け継ぐ技術者はいなくなりましたから
去ると言いますか、荻窪(旧プリンス系)の技術者は大体系列会社の役員として、体よく追っ払われるのが常でしたから、最初から「日産」に入社した渡邊氏も、荻窪の系列ならば本社や厚木のテクニカルセンターにはいられなかったとは思います。
>Nurエンジン
Nurと言いますか、BNR34は、とても懐かしい、甘酸っぱいといいますか、ほろ苦いと言いますか、悲喜こもごものクルマです。
あれのとある部品を作る会社にいましたが、誇らしい半面、実務では苦労しどおしで、泣きたい事もありました。
今、BNR34をロハでくれると言われても、複雑な思いがするだろうなと思います。(当然経済的に、自分にはムリなクルマですが。)
そこへいくと、櫻井氏の弟子の島田氏が、今でもR31オーテックに乗っているのを見ると、今では気分が晴れやかなのかな、とも思います。
特に泣き叫びたいほど苦労したのが、N1仕様用の部品でした。(GT-R系では、R32以降、ノーマル用とか、NISMO仕様とか、N1仕様だとか、なんかいろいろあったなあ。)
その部分の設計が悪いのか、それとも部品の品質が悪いのか、はたまた生産設備が悪いのか…。
仕事上で最も苦労したのが、実はプレサージュ(笑)なんですが、ある部分にはとんでもなく凝ったものの、「どうやら、オデッセイみたいなミニバンらしい」と聞いてから、「あ、ダメだ。せっかく苦労しても、全然売れそうに無いや」と心底ガッカリしたのをいまでも憶えています。(ワタシは技術者ではないので、どういうクルマなのかについての情報に接するのは割と遅かった。)
売れないと分かっているクルマの仕事で苦労する事ほど、悲しい事はありませんでした。
以上、拙い話で失礼しました。
これは メッセージ 35937 (wbc_champion2006 さん)への返信です.