『済州四・三研究』
投稿者: hokori_takaki_monogoi_mindoku 投稿日時: 2007/03/04 18:16 投稿番号: [34192 / 38959]
検索仕って見ました。薄々聞いた事が在るのですけれど、良い勉強に成りました_(._.)_
済州島四・三事件」は、一九四八年四月三日にはじまる済州島民の武装抗争と、これを理由に警察・軍・右翼青年団などが引き起こした一連の住民虐殺事件として知られる。六年六カ月に及ぶ「討伐作戦」により、多数の済州島民が殺害されたが、正確な犠牲者数はいまなお明らかではない。(死亡者数には諸説あるが、少なくとも三万名は下らないだろうというのが現時点での一般的な見方である。)韓国の歴代政権は住民虐殺の実態を覆い隠そうと、犠牲者に「アカ」のレッテルを貼りつけたため、韓国ではこの事件について語ること自体が長くタブーとされてきた。だが一九八七年の六月抗争を契機に、資料発掘と体験者からの聴き取り作業が急速に進展したことによって、事件の実態は次第に明らかにされ、犠牲者の「名誉回復」と補償を求める運動も展開されてきた。九三年以後、済州道議会は済州道行政当局の協力を得て事件の真相調査に乗り出していたが、九八年に大統領に就任した金大中氏が一貫して選挙公約に「四・三」の真相究明を掲げてきたため、国会での「四・三」特別委員会設置を期待する機運も高まっている。しかしこのことは逆説的に、事件の発生から五十年以上たった今日においてさえ、「四・三」がいまだに終わっていないことを証明してもいるのである。
http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/S43kenkyu.htm
これは メッセージ 34189 (red_mangou さん)への返信です.
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