韓国に最後通牒をいたしましょう。

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万葉集が好きと言うと不快になる韓国人

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2008/10/21 00:06 投稿番号: [888 / 1380]
『万葉集』が日本の歌でもなくても

1991年秋、高麗大学にちょっと留学した時に、韓国人から「どんな文学が好き?」と質問を受けたことがありました。私が好きなロシア国内のヨーロッパ文学作品を列挙した後に「日本古代の古典である『万葉集』の詩がとても好きだ、特にその詩のうちでは柿本人麻呂の敍情的な詩が好きだ」と言うと、その度に相手の顔色がやたら悪く変わるものと決まっていました。私もそれに気づいて、とても熱心に説明を加えました。

『万葉集』が成立した時に利用された万葉仮名という特殊な表記体系が新羅の郷札から相当な影響を受けたという点、『万葉集』の多くの歌が郷歌と共通点を見せる点、そして『万葉集』の一部の詩人が韓半島系と見当がつく点等を持って「本当に嫌やがるまでもないです」と懸命に言い訳しました。

それでも普通、相手の表情はめったに明るくはならなかったです。「あー、あいつは、あの倭人たちの文学が好きだって、まったくの味方じゃないんだ」でありました。私は今もその時の気まずさをとても鮮やかに憶えています。

事実、私が『万葉集』が好きな理由は「日本」という国とはあまり関係ありません。「日本古典」という部分と無関係に、思春期の青少年に大きく訴えられる感情を伝える本だから、その年に読むのが良いのです。例えば、私が17年前にソウルに住んでいた時に『万葉集』のこの歌のロシア翻訳文をずっと覚えていました:

「海原に霞たなびき鶴が音の悲しき宵は国辺し思ほゆ」

これは「海原に霧が立ち込めて丹頂鶴が悲しい歌を歌う時に、私は私が生まれた所、その場所を思う」そんな意味です。私もソウルで鳥が鳴く声を山で聞いた時にそういう感情を感じて『万葉集』のこの歌を思い出しました。この歌は元々、国家によって徴発されて国境を守れと連れて行かれた民衆たちの歌謡すなわち民謡であり、日本の民衆の歌なら他の国の民衆も尊重しなければならないのではないでしょうか?ところが17年前のソウルでは、そういう話はあまり通じませんでした。

(中略)

韓国の反日主義はすでに単純な「過去の痛みに対する反応」の次元を越えて大分長くなります。反日感情の相当な部分を「進歩」や「歴史の痛み」と直接的な関係が欠けた領土的民族主義('独島問題')が占めるうえ、この感情の論理は過去、現在、未来のすべての日本人たちの植民地時の犯罪に対する集団責任の論理です。

(つづく)
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