赤城さん、Uさんエピソード
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/04/05 23:47 投稿番号: [8815 / 49973]
有り難うございました。
>で、日本の商社員が、手配して、空軍に試用してもらい、合格して、納品することになった。たぶん、藤倉航装という名前だったと思うけど。
日本も、太平洋戦争前に、かなり開傘せず、殉職者が出ているんですよね。
私の場合、手持ちの資料は山辺雅男の『海軍落下傘部隊』だけですが。
余談ながら、海軍の「月光」のパイロットだった遠藤大尉が、被弾して降下しようとしたら、落下傘が開かずに戦死。
>瀬島の案は、船のないインドネシア側が、ドラム缶をつないだ筏で、兵員を輸送するというもの。
Uさんのお話とも繋がるかも知れませんね、この部分。
でも、戦後に元大本営参謀が海外に軍事的な助言をしているとは、もっと取り上げられてもいい話ですね。
>「今度は、日本人の代わりに、白い傘にぶらさがって、われわれが西イリアンに降りてやるんですよ」
「西イリアン」ですか。教科書でしか見なかった地名です。
これまた余談ながら、堀栄三は、「我が軍は、ニューギニアを単なる島ぐらいにしか考えていなかったと思う。実際は、ジャングルの海なのだ。真ん中を突っ切って行くという訳にはいかないのだ」と、著書に書いていたと思います。
これは メッセージ 8812 (shinkuuboakagi00 さん)への返信です.
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