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榛葉家(日本)とハドソン家(英国)その2

投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2003/11/30 17:10 投稿番号: [8215 / 49973]
(続き)
ここで小説家ハドソンについて説明しておきますと、
アルゼンチン生まれでイギリスに帰化したハドソン(1841−1922)
は日本では英国ほど名前は知られていませんが、
当時の英国では彼の小説の全集が出るほどの有名作家であり、
代表作に有名な「遥かな国、遠い昔((Far Away and Long Ago、
1918年)があり当時の日本でも翻訳されたそうです。
また彼は英国王立鳥類保護協会の設立に尽力したことでも知られています。
ちなみに「遥かな国、遠い昔」の日本語翻訳者の寿岳しづ氏は「ハドソン
友の会日本代表」の寿岳和子氏の義母だそうです。
さて話を戻してラウラ・ハドソン(ハドソンの姪)と結婚した榛葉氏との
間に生まれた娘がビオレッタ氏です。彼女(ビオレッタ榛葉)は99年に
日本政府から叙勲されていますが、ビオレッタ榛葉氏が93年に日本を
訪れた時の様子にこうあります「さて、3回目の日本遭遇。
とても素晴らしかったです。インペリアルな街は、今ではすっかり
整然とディシプリンの巨大都市へと変貌を遂げていました。
そこは自動車で溢れ返り、交通はスムーズに流れ、事故はない。
見上げると、高層ビルの数々。外から透き通って見えるエレベーターと
スピードの速さ。最先端技術が伝統美と質素な温もりと出会う場所。
可愛く並べられた食事が嬉しいレストラン。色々な街に出かけ、
どこでも驚かされたのですが、その一方で、その品格が印象的だった
京都の町にノスタルジーを感じました。今では近代的になりましたが、
どこかに以前の面影があり、ほっとさせられたのも事実です」
この英国ハドソン家と日本の榛葉家の両方の血を引くビオレッタ榛葉氏は
ブエノスアイレス大学文学部を卒業し、その後アルゼンチンの国立ラプラタ
大学哲学科教授となり64年には「ハドソン博物館」館長に任命されています。
(アルゼンチンのハドソンが過ごした家を改造した博物館)
その後の榛葉よし雄氏はアルゼンチンで貿易会社を経営したり数社の日本商社の
支店長にもなっています。また在アルゼンチン日本人会の創立に参画、会長にも
就任しています。1954年に亡くなられブエノスアイレスの著名人が葬られている
墓地チャカリータ(タンゴの神様ガルデルもここに眠る)に埋葬されています。
妻ラウラと病気で死別した後に再婚していますが、その間に
生まれた3人の子の子(榛葉氏の孫7人)は全員「シンヤ姓」を名乗っており
優秀な日本人祖父榛葉氏の血を引き継ぎアルゼンチン文部省に勤務したり、
建築士、国立自動車登記所に勤めたりしているそうです。
これら7人の榛葉氏の孫は外見では日系とは分からないそうですが、
時折日本食レストランへ食事に行ったり日本文化への強い傾倒から
自身に日本人の血が流れていることを実感するそうです。

最後に一言、「日本人に生まれてよかった!とはあえて言わないまでも、これだけは世界中の人々に向って断言できる、朝鮮民族に生まれないで良かった!!と」
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