壇根様キャラとは違いますね
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2003/11/22 10:49 投稿番号: [8131 / 49973]
>私はこの高潔な言葉を聞いて中国・戦国時代の魯仲連の言葉「士が尊いのは
>報賞を取らぬところにあります。それを取ったら商人と何らかわる
>ところはありません(史記)」を思い出してしまいます。
日本人には、中国文明に生まれた、そのような哲学が根付きましたよね。
戦国時代を経たことからくるのかもしれません。
「士は己を知るもののために死し、女は己を知るもののために容(かたち)づくる」
そういった美風が残りました。私はこれを公というものに殉ずることが出来る民族
性と結びつけて考えています。
その点、どうしたわけか、朝鮮においてはそちらのような話よりは、儒教の序列
思想がはびこりました。たいてい序列というものは、公というよりは、上に立つもの
に都合のよい、わたくし的な要素がつよいのではと思っています。
陸続きか否かという地政学上の違いに起因するのでしょうが、面白いものです。
日本人に生まれて、つくづく島国であったことに喜びを感じます。
その序列思想からくる事大があって、イルボンに対する自尊自大があるのですね。
そういった思想からはどうしても、私が横行して、公の概念が起こりにくいのでしょうね。
すなわち、近代が起こりづらかった。
別トピでも書きましたが、思想概念というものが単に自然発生するわけではなく、文字表現
と深いかかわりがあるのではないか、と感じているのですが、日韓ともに『史記』や、
『論語』から導き出された文化でありながら、これだけの違いが起こることに歴史の
不可思議を感じます。
本国の呪縛から解かれた民草は、心の欲するままに従うのでしょうから、真の民度という
ものが露になってしまうのでしょう。
根が深そうですね。
これは メッセージ 8125 (coreano_raza_infima さん)への返信です.
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