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朝鮮半島軽視の開祖 1

投稿者: c5525jp 投稿日時: 2003/06/19 14:45 投稿番号: [5813 / 49973]
マイケル・シャラー著『アジアにおける冷戦の起源』124〜125Pより

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  日本降伏後、中国がそうであったように朝鮮もまた米ソ対決における予期せぬ焦点として浮かび上がってきた。

  この小さな、貧しい民族、そして伝統的に中華帝国の朝貢国家は、19世紀末に大国による争奪の的となり、最終的には日本の植民地となった。

  1945年8月以前におけるアメリカの戦後構想では、朝鮮についてはほんのわずかしか考慮されていなかった。

  ヤルタ会談の際、ルーズベルトとスターリンが、この「隠者王国」(朝鮮は1636年から1876年まで中国以外の国とは接触を断っていた)をどのような形で国際的な信託統治下に置くかについて話し合ったが、詳細は先送りされていた。

  実際、国務・陸軍両省はまず、朝鮮を日本の支配から完全に解放し、ソ連軍に委ねようと考えていた。

  アメリカ軍はそれよりも重要な任務、つまり日本本土への侵攻作戦を展開していたからである。

  ポツダム会談中でさえ、マーシャル陸軍参謀長は、アメリカが朝鮮半島侵攻のための派兵を考えてはいないと伝え。ソ連側を安心させてる。

  しかし、数日を経ずして。こうした比較的無関心な態度は消えうせた。

  アメリカ政府高官は原子爆弾の威力を認識し始め、中国で内戦が勃発すれば、それがいかにソ連の勢力拡張を助長するかを考えたとき、彼らは朝鮮占領の意味を再評価したのである(注47)。

  (注47)朝鮮半島の占領初期と分断国家の誕生についての最も権威ある歴史研究は Bruce Cumings, The Origins of the Korean War (Princeton, N.J., 1981). また、 Stueck, The Road to Confrontion and James Matray, “An End to Indifference: America's Korea Policy during World War Ⅱ,” Diplomatic History (Vol.2, no. 2, 1978), 181-96 と Cumings, ed., Child of Conflict 所収のエッセイも参照。

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続く
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