ジャワがイスラムに席巻されたとき
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/08 13:26 投稿番号: [4622 / 49973]
ジャワの「高級人種」は、バリ島に逃れ、庶民がジャワ島に残ったなどといわれていることににているんですかね。
バリは自分たちの文化がジャワ伝来であることを恥じては折らず、むしろジャワ伝統の文化の真の保持者は自分たちである、と思っているところがある。
この場合、ジャワ人がやって来たとしても、バリ人を形質的に買えるほど多数やって来たのではないみたい。
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上で長々と書いてしまいましたが、バリはジャワから長い間、何回にも渡る強い影
響(時には軍事支配)を受けましたが、ジャワからの移民自体は、全バリ島民と較べ
れば圧倒的に少数と考えられます。しかし、政治家や軍人、僧侶や学者が多かったた
め、バリ社会に与えた影響は甚大でした。だからしばらくは政治的優位さを維持し、
支配者の地位を確保していられたのでしょう。ですが、侵入者による征服王朝は、本
国の支援がなくなれば、50〜100年程度で現地化し、弱化して消滅するのが普通で
す。ゲルゲル王国も結局8王国に分裂しました。
このような例は世界史にはいくらもあります。例えば、アーサー王伝説の舞台とも
なったアングロ・サクソン7王国(ヘプターキー)が、1066年にノルマン人(ノルマ
ンディ公ギヨーム率いる軍勢)に征服された「ノルマン・コンクェスト」という事件
では、その後公用語は「ノルマン・フレンチ」と呼ばれるフランス語になりました
が、支配層は圧倒的に少数で、やがて子孫たちは英語を喋るようになり、フレンチ・
ノルマンの風習もほとんど残っていません。
結論を言えば、ジャワの難民たちは、バリ人の形質を変えるほど物理的に大量に
入ってきたわけではありません。しかし、文化的には大きな影響を与え、バリ人たち
は今でも自分たちを「マジャパヒトの末裔」と誇りを持って呼びます。しかしそれは
歴史的事実と言うよりは、ジャワが完全にイスラム化されたのに対し、自分たちは
5〜6世紀以来のヒンドゥー信仰を変えたことがない、という自慢というか、大国
ジャワに対する対抗意識の表れのような気がしないでもありません。
(ある人とのメールでのやり取りの一部)
これは メッセージ 4614 (MAHBOU007 さん)への返信です.
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