現代の研究では
投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/01 23:13 投稿番号: [4308 / 49973]
弘安の役については、仮に大風が吹かなくても、日本軍の大勝利だっただろう、と言われている。
補給がまったくなく、馬もいない歩兵中心の集団戦法では、同じく集団戦法を取り戦術を一新し、機動力を生かした日本軍の騎馬戦には勝てなかっただろうというのが大方の見方だ。
日本軍には石塁もあり、「勝つべくして勝った。」というのが多数説だ。
北条時宗は「勝つべくして勝つ」戦術を選択し、実際に勝った。
こういった戦術を選択したのは、日本が背水の陣の立場にあったからであろう。
これに比べると、三沙別の勇敢な愛国者を見殺しにした高麗王朝は「負けるべくして負けた」と言える。
あの場合、高麗王朝は元軍との正面衝突はそもそも無理だったのだから、百済の王子が亡命したように日本へ逃れ、臨時政府をつくって、松浦海賊のように日本を拠点にしてゲリラ戦術をとるべきだっただろう。
そうした発想がでなかったのは「なにがなんでも勝つ、どんな手段を使ってでも勝つ」という意志が弱かったからではないだろうか。
これは メッセージ 4303 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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