トンデモ説
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/05/01 05:10 投稿番号: [4243 / 49973]
天皇百済人説。
私は『三国史記』、『日本書紀』、『古事記』、中国の歴代王朝の史書を読みましたが、それらしい事はどこにも書いてはいない。
逆に、伽耶の金首露王三兄弟の妻が、みな倭人である事には、韓国人は触れたがらない。
また、百済の武寧王の別称「斯麻王」の「斯麻(しま)」が、佐賀県の「かから島」(文字失念)で生まれた事から、「嶋王」と呼ばれた事についての由来にも、一切言及なし。(『日本書紀』には、丁寧に、武寧王が百済語で「セマ・ニリム」と呼ばれていたことまで記しているのに。ちなみに、「ニリム」は現代韓国語の「nim」にあたる。)
>日本語の一部が大昔、逆に韓国南部にまで及んでいた可能性もたかい。
中国史書で、「倭人」が朝鮮半島南部に住んでいたという記述さえ、直視しない韓国人。
広開土王碑の「百殘・新羅舊是屬民、由来朝貢。而倭、以辛卯年[391]來、渡毎破百殘、更□新羅、以爲臣民」の「渡海破」の主語は、「倭」でなくて「高句麗」なんだと言い出したり…。(「日本参謀本部による改竄説」は中国人にアッサリ撃破されましたが…。)
これは メッセージ 4239 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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