だめだめだめ8
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/10/03 00:08 投稿番号: [28281 / 49973]
>新風が日本を救援したと言うことは出たらめな妄想
「神風は間違い」というのは、あながち嘘でも無いんだな。
文永の役における蒙古軍の撤退に関して、
定説では日本側の史料には一夜明けると蒙古船が消失していた、
と言う事実が記されているのみとされる。
『八幡大菩薩愚童訓』
「夜中ニ白張装束之人三十人筥崎ヨリ矢先ヲ調テ射ケルガ
其事カウ震敷身毛余立テ恐シク家々ノ燃ル焔ノ海ノ面ニ移レルヲ
海中ヨリ猛火燃出ルト見成テ蒙古共肝心ヲ迷ハシテ我先ニ逃ントハ
後ニ生取レタル日本人帰レルト又彼蒙古カ一同ニ申上ハ更ニ誤不可有」
とも記されている。
定説ではなぜかこの下りを無かったことにしてあるなぁ。
結局は、日本側の「夜襲」に慌てふためいて、撤収したんだけど。
『高麗史』
撤退途中に風雨が起き多数が座礁した事が記されている。
しかし、なぜか定説では湾内で台風に遭い損害がでたので、
その夜のうちに撤退したという解釈になっていた。
湾内でさえ被害がでる程の台風の最中にどうやって玄海灘に出れたかは謎だ・・・
文献資料的には風雨の事実が記されているが、
気象学的には過去の統計に台風の渡来記録が無いことから、
台風以外の気象現象という見解もとられているよ。
文永の役に関しては、台風説の可能性はほぼなかったと、今日ではみなすものが多いね。
弘安の役に於いても、当時の日本が知り得なかった江南軍壊滅の理由を、
台風や熱帯低気圧の影響としながらも、博多沖の東路軍は、
それとは違った理由で壊滅したという説もある。
いずれも、太陰暦の10月。
今で言えば、11月の半ばから暮れにかけて到達しているから。
台風シーズンは終わっているしね。
元軍は、君が思っているほど強くは無いよ、実際。
あそこまで領土を拡大できたのは、外交的根回しが出来ていたからなんだけど。
これは メッセージ 28258 (pyeongyang_kim さん)への返信です.
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