>>李光洙
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/04/13 02:36 投稿番号: [2816 / 49973]
>本当に親日的でした。
以前、他で紹介した、創氏改名のときの、李光洙の文章。
賛成する人はどうみていたのか
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2001年10月14日 午後 5時03分
メッセージ: 200 / 224
『毎日新報』(朝鮮語版、昭和十五年二月二十日)
「創氏と私」(李光洙・香山光郎)
私が香山という氏を創設したことに対して、ある人は面と向かって、ある人は手紙で、私の創氏の動機を尋ねてきた。
大多数は私の香山という創氏について非難したが、中には賛成する人もあり、創氏にについての意見を尋ねる人もいた。
今日受け取った匿名の手紙では、私の創氏を激しく非難し、その動機と理由を発表することを要求している。
必ずしもその匿名の手紙に答えるというわけではないが、私自身も自分の創氏に対する態度について、一言しておく必要を痛感している。
〈創氏の動機〉
私が香山という氏を創設し、光郎という日本的な名前に改めた動機は、畏れおおくも天皇の御名と読み方を同じくする氏名を持とうとするところからである。
私は深く深くわが子孫と朝鮮民族の将来を考えた末に、こうすることが当然だという堅い新年に到達したためである。
私は天皇の臣民である。私の子孫も天皇の臣民として生きるだろう。
李光洙という氏名でも、天皇の臣民になれないことはない。しかし香山光郎の方が、より天皇の臣民たるにふさわしいと私は信ずるためである。
〈内鮮一体〉
内鮮一体を国家が朝鮮人に許した。故に、内鮮一体運動を行わなければならないのは、朝鮮人自身である。
朝鮮人が内地人と差別がなくなる以外に、何を望むことがあろうか。したがって差別を除去するためにあらゆる努力をすることの他に、何の重大でかつ緊急なことがあるだろうか。
姓名三字をなおすのも、その努力の中のひとつならば、なんの未練もない。喜ぶべきことではないか。
私はこのような信念で、香山という氏を創設したのである。
〈便宜〉
これからは徐々にわが朝鮮人の氏名が国語で呼ばれる機会が多くなって行くだろう。そのようなときに李光洙よりも香山光郎のほうがはるかに便利だ。
又満州や東京大阪等に住んでいる同胞が、日本式の名をもつことは、実生活の上で、多くの便宜をもつだろう。
これは メッセージ 2670 (angrykorean386 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/2816.html