>でつね
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/08/07 02:07 投稿番号: [25513 / 49973]
>>日本も、理化学研究所で核兵器の研究を続けていたのですから、日本側が「謝罪しる!」では、おかしいかな、と。
>はぁ
やっぱり!
日本は核兵器を開発したけど、その使用を昭和天皇が止めさせたというお話もありまつですねw
これは、実現にはほど遠い段階でした。
当時の模様は、以下の通り。
『昭和二十年八月十五日、玉音放送が終ったあと、理化学研究所に体格のいい軍人がやってきた。(中略)軍人は千葉県内に展開する「利根部隊」の参謀(中佐)だった。一番若い田島英三が応対した。(中略)
「われわれはどうしても無条件降伏について承服できない。ついては原爆完成が近いと聞いている。あと何カ月で完成するのか教えてほしい。部隊は完成まで、どんなことがあっても敵を迎え撃って、本土を守る決意だ」
戦時中、新聞には「原子爆弾完成近し」という報道も登場していた。しかし、研究は行われているものの、原爆を製造できる段階にはまったくなかった。いつできるのか、予想もつかない状態だった。
田島はそのことを説明した。
だが、中佐は「一発でもいいからあと何日ぐらいで、できるのか」と、再度たずねた。
田島は、震え気味の声でもう一度説明した、という。』
以上、集英社刊「あの戦争」より抜粋。
これは メッセージ 25510 (trench12monkeys さん)への返信です.
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