>李舜臣は東洋の・・・orz
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/07/08 13:50 投稿番号: [24477 / 49973]
そもそも、海戦史すら知らないのか・・・
>ネルソンは艦隊をふたつに分けて、数的に優勢な敵の背後を攻撃した
ネルソンの2列縦隊で突っ込む「ネルソンタッチ」は有名だが。
>数的に優勢な敵の背後を攻撃した
とは、いやはや・・・
普通、「数的に優勢な」敵に対し、部隊を二つに分け。
「背後を攻撃」(というより、「挟撃した」と言いたいんだろうな)しようものなら。
「あっという間に『各個撃破』される」のが、軍事技術上の「常識」なんだが・・・
ピエール・ヴィルヌ―ヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊も、
多縦列による分断作戦を予測していたからこそ、マストに多数の狙撃兵を配置していた。
ネルソンが勝ったのは、士気(モラール)の差が大きい。
フランス側は数で勝っていたが、スペイン海軍も混じっており士気が低く、
艦載砲の射撃能力も劣り3分に1発程の発射速度だった。
一方イギリス海軍は士気が高く(本土防衛の最終防衛ラインだから)、
錬度も射撃速度が1分半に1発程の発射速度を維持していた。
この差は大きい。
つまりは
「自分達が何に対して、命を掛けて戦うか」を理解し。
それに納得し、戦意を高め、目的の為に錬度を上げて、勝利した。
対してフランス・スペイン連合艦隊は。
「何の為に戦うのか」(英本土上陸・占領作戦ではあるが、一般将兵にとっては「いい迷惑」特にスペインは。)
「命がけで何の特があるのか」
さっぱり見えなかった。
士気は落ちるし、やる気が出ないから、錬度も低下する。
英国側は「勝てる戦いを勝った」のであって。
フランス・スペイン側は「負ける戦いを負けた」
>「露梁(ノリャン)海戦」で敵弾を受けた李舜臣(イ・スンシン)は、「今や闘いの時だ。私が死んだことを知らせるな」と頼み、眼を閉じたと伝えられている。李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた。
おひおひ・・・
「露梁海戦」ってーのは、日本と明との間で停戦協定が成立して。
日本側が半島から撤退している最中に李舜臣が「協定破り」の攻撃を仕掛けたもんだろうに。
挙句は、島津勢の射撃で敗死。
な〜にが
>李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた
だか・・・
ゲリラ的に日本側輸送船団を襲った時は、それなりに成果を挙げたけど。
それ以外はさっぱり。
挙句は「協定破り」をして恥じない民族って事を声高に誇るかえ?(笑
日本が撤退したのは
・太閤秀吉の死(これが第一)
・参陣西国諸大名の不満蓄積(後の関が原の形勢に影響大)
・明の全面支援による、完全攻略困難な状況
による。
この3点だよ。
朝鮮民族は如何程にも影響していない。
戯けがっ!(大笑
これは メッセージ 24465 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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