李舜臣は東洋のネルソンニダ!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/07/08 11:51 投稿番号: [24465 / 49973]
ユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユンユン…
誇らしいですね、ホルホルホル。
>李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた。ネルソンがいたから、英国はナポレオンの侵攻の危険から脱することができた。国を救った名将は、時代と東西を超越して、その姿は似ているようだ。
ネルソンと李舜臣を比較するとはさすが忘恩、いや世間(世界)知らずの民、朝鮮。
東洋のネルソンは東郷ですばい。(笑)
世界四大海戦:
1.アクティウムの海戦
2.レパントの海戦
3.トラファルガーの海戦
4.日本海海戦
>14〜15世紀にわたる「100年戦争」以来、英国とフランスは長い間「因縁の歴史」を有してきた。それゆえ、英国は歓呼し、フランスは悲しみに沈んだ。英国のブレア首相の位相は高まった一方、フランスのシラク大統領は政治的打撃を受けた。
違うぞ、オイ!!!(笑)
五輪の招致にロンドンが成功しただけで、過去の戦争とは関係ないわな。
で、フランスは国際的地位は確かに落ちてはいるが、常にサミットでは集合写真の真中あたりを占めるんだぜ。
なぜか。それは、かつては欧州の「文化宗主国」だったからさ。
朝鮮の「脳内ウリナラ起源宗主国」と違い、それは事実だ。
(テコンドーが空手のパクリ競技という事も暴露されてるわけだし。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[オピニオン]「200年ぶりの勝利」
JULY 08, 2005 05:20
1805年10月21日、ホレイショ・ネルソン提督が率いる英国艦隊(27隻)とナポレオンのフランス・スペイン連合艦隊(33隻)が、地中海西方のトラファルガー岬で対立した。ネルソンは艦隊をふたつに分けて、数的に優勢な敵の背後を攻撃した。ネルソンが下した攻撃命令は、「英国は諸君が各自の任務を果たすことを期待する」という短いメッセージだった。熾烈な戦闘で、ネルソンは狙撃兵の銃を受けて倒れた。勝利を確認したネルソンは、息をひきとる直前、「私は満足しています。神よ、有難うございます。私は任務を果たしました」という言葉を残したという。
◆トラファルガー海戦の207年前である1598年11月19日、「露梁(ノリャン)海戦」で敵弾を受けた李舜臣(イ・スンシン)は、「今や闘いの時だ。私が死んだことを知らせるな」と頼み、眼を閉じたと伝えられている。李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた。ネルソンがいたから、英国はナポレオンの侵攻の危険から脱することができた。国を救った名将は、時代と東西を超越して、その姿は似ているようだ。
◆英国ウェストミンスター市にあるトラファルガー広場は、トラファルガー海戦の勝利を称えるために造られた広場だ。一昨日、ここにロンドン市民が集まって「200年ぶりの勝利」に歓呼した。2012年の夏季オリンピックの誘致戦でロンドンが予想を裏切ってパリに勝ったのが、折りしも「ネルソンの勝利」200周年とも重なり、英国人たちは2倍の勝利感を満喫したことだろう。
◆14〜15世紀にわたる「100年戦争」以来、英国とフランスは長い間「因縁の歴史」を有してきた。それゆえ、英国は歓呼し、フランスは悲しみに沈んだ。英国のブレア首相の位相は高まった一方、フランスのシラク大統領は政治的打撃を受けた。2次投票で脱落したニューヨークの票がロンドンに向かったと分析され、米国・英国・フランスの関係も再照明される。ネルソンは地下でこのような「200年ぶりの勝利」をどう見ているだろうか。
チョン・ジンウ論説委員 youngji@donga.com
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005070865588
誇らしいですね、ホルホルホル。
>李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた。ネルソンがいたから、英国はナポレオンの侵攻の危険から脱することができた。国を救った名将は、時代と東西を超越して、その姿は似ているようだ。
ネルソンと李舜臣を比較するとはさすが忘恩、いや世間(世界)知らずの民、朝鮮。
東洋のネルソンは東郷ですばい。(笑)
世界四大海戦:
1.アクティウムの海戦
2.レパントの海戦
3.トラファルガーの海戦
4.日本海海戦
>14〜15世紀にわたる「100年戦争」以来、英国とフランスは長い間「因縁の歴史」を有してきた。それゆえ、英国は歓呼し、フランスは悲しみに沈んだ。英国のブレア首相の位相は高まった一方、フランスのシラク大統領は政治的打撃を受けた。
違うぞ、オイ!!!(笑)
五輪の招致にロンドンが成功しただけで、過去の戦争とは関係ないわな。
で、フランスは国際的地位は確かに落ちてはいるが、常にサミットでは集合写真の真中あたりを占めるんだぜ。
なぜか。それは、かつては欧州の「文化宗主国」だったからさ。
朝鮮の「脳内ウリナラ起源宗主国」と違い、それは事実だ。
(テコンドーが空手のパクリ競技という事も暴露されてるわけだし。)
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[オピニオン]「200年ぶりの勝利」
JULY 08, 2005 05:20
1805年10月21日、ホレイショ・ネルソン提督が率いる英国艦隊(27隻)とナポレオンのフランス・スペイン連合艦隊(33隻)が、地中海西方のトラファルガー岬で対立した。ネルソンは艦隊をふたつに分けて、数的に優勢な敵の背後を攻撃した。ネルソンが下した攻撃命令は、「英国は諸君が各自の任務を果たすことを期待する」という短いメッセージだった。熾烈な戦闘で、ネルソンは狙撃兵の銃を受けて倒れた。勝利を確認したネルソンは、息をひきとる直前、「私は満足しています。神よ、有難うございます。私は任務を果たしました」という言葉を残したという。
◆トラファルガー海戦の207年前である1598年11月19日、「露梁(ノリャン)海戦」で敵弾を受けた李舜臣(イ・スンシン)は、「今や闘いの時だ。私が死んだことを知らせるな」と頼み、眼を閉じたと伝えられている。李舜臣がいたから、朝鮮は日本から国を守ることができた。ネルソンがいたから、英国はナポレオンの侵攻の危険から脱することができた。国を救った名将は、時代と東西を超越して、その姿は似ているようだ。
◆英国ウェストミンスター市にあるトラファルガー広場は、トラファルガー海戦の勝利を称えるために造られた広場だ。一昨日、ここにロンドン市民が集まって「200年ぶりの勝利」に歓呼した。2012年の夏季オリンピックの誘致戦でロンドンが予想を裏切ってパリに勝ったのが、折りしも「ネルソンの勝利」200周年とも重なり、英国人たちは2倍の勝利感を満喫したことだろう。
◆14〜15世紀にわたる「100年戦争」以来、英国とフランスは長い間「因縁の歴史」を有してきた。それゆえ、英国は歓呼し、フランスは悲しみに沈んだ。英国のブレア首相の位相は高まった一方、フランスのシラク大統領は政治的打撃を受けた。2次投票で脱落したニューヨークの票がロンドンに向かったと分析され、米国・英国・フランスの関係も再照明される。ネルソンは地下でこのような「200年ぶりの勝利」をどう見ているだろうか。
チョン・ジンウ論説委員 youngji@donga.com
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005070865588
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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