ホント号しゃん、その飛行艇
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/06/26 21:49 投稿番号: [23959 / 49973]
うちの死んだオジキが操縦していました。
川西の海軍向け「九七式飛行艇」(通称「九七大艇」)の民間向けバージョンでした。
確かに、オジキの会社(大日本航空)の事務所と発着場が横浜にあり、そこからサイパンやサイゴン(現ホーチミン)に向けて飛んでいたと言っていました。
サイパンの岸辺に着くと、アスリート飛行場(米軍占領後は「イスリイ飛行場」)のスロープを使って、車輪でソロソロと陸に這い上がっていたわけです。
給料は当然良かったのですから、よく横浜で高価な中華料理を食べていたそうです。
その後大東亜戦争で徴兵され、陸軍の「特幹」の将校となり、戦時中は戦闘機を操縦していました。
曰く、(これは実際に方々で言われてきた事ですが)「陸軍は洋上航法を知らず、そのため、ボルネオまで重爆戦隊を護衛して空輸する時も、重爆の戦隊長がわざわざ見習士官のワシのところまで来て、『自分は海の上を飛んだことが無いから、明日はよろしく頼む』と丁寧に言われたので、身が引き締まった」との事です。
これは メッセージ 23947 (honto_gou さん)への返信です.
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