こりですな
投稿者: doronpa90 投稿日時: 2005/05/17 19:35 投稿番号: [22192 / 49973]
カンコクが北のぱしりをしたって話ですな・・・
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文禄2年(1593年)1月、豊臣秀吉の朝鮮出兵で先鋒(せんぽう)をつとめる加藤清正の本城に、家臣に預けた城からの急使が到着した。「籠城(ろうじょう)すでに百日、城中すでに兵糧無く…」◆いまの北朝鮮・咸鏡北道の吉州で、日本の将兵は3〜4万の朝鮮軍に囲まれ孤立した。厳寒の中、清正が援軍を率いて囲みを破り、何とか撤退できた。そんな逸話を、当時の侍の子孫が古書類をもとに書いたという大正時代発行の本で読んだ(青柳南冥著「朝鮮史話と史跡」)◆いくさから1世紀の後、朝鮮側は現地に戦勝記念の「北関大捷碑」を建てた。その石碑は日露戦争のころ旧日本軍が持ち帰ったとされ、靖国神社にある◆先日の日韓外相会談で返還話が取り上げられ、町村外相は協力を約束した。韓国と北朝鮮の間で話がまとまれば、約1世紀ぶりにもとに戻されることになりそうだ◆まさか、その歓迎準備というわけではあるまいが、吉州付近の山中で、かなりの土木工事が続いているらしい。米紙によると、偵察衛星がとらえた映像の分析から、地下核実験の準備ではないか、との推測もあるという。懸念する国際社会をあざ笑うかのように、北朝鮮は、原子炉から使用済み核燃料棒を抜き出したと発表した◆核開発を断念しない独裁体制には、いずれ経済制裁という兵糧攻めをかけるしかない。
(2005年5月16日1時42分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050515ig15.htm
これは メッセージ 22187 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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