「技術立国日本」でございますです。
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/03/23 22:43 投稿番号: [19710 / 49973]
近代大学制度で、大学に工学部つくったのは日本が最初という話をきいていましたが、
↓結構海外でも当初から評価されていたとは意外でした。
(ソースはここですけど非常に読みずらいです)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kondan21/minutes/minutewg.htm
______________________________________
〜略〜
それから、日本において技術学校としては、御存じの通り工部大学校。その前の4年あたりから工部寮から始まり、最終的に1877年に工変大学校になるが、東京大学と並列させて発足する。これのオリジナルはTHであったり、それから後にETHになるスイスのチューリッヒのTHであったりするテクニクルが、当時ポリはなくテクニクルだったが、オリジナルになっているが、しかし、日本の工部大学校というのは、その設立に携ったヘンリー・ダイヤーや山尾庸三らの努力で、当時の欧米にない特色を備えていたということがしばしば指摘される。
その欧米にない特色を示すために、資料中の「NATURE(1877. 5.17号)」の記事を見ていただきたい。
これは大変面白い。1877年だから工部大学校ができた年である。「NATURE」という雑誌は、実は発刊されて10年足らずで、当時まだ今ほど有名ではなかったが、そこにこういう記事が出ているということは、ある意味ではちょっと驚きだと思う。この記事「ENGINEERING EDUCATION IN JAPAN」はだれが書いたのか、C.W.Cというのはどうしてもまだわからない。どなたか知っている方がいらしたら教えていただければと思うのだが、ヘンリー・ダイヤーが何らかのニュースソースであったことだけは多分確かだろうと推測されるが、C.W.Cという頭文字だけの記事である。この記事が非常に面白いのは、技術教育がイギリスはだめである、まずだめであるというのが最初の段落である。要するにプラクティカルなことに関わってしまっていて、とにかく一日工場で働かせてしまって、一日働いてくたびれてすっかり力をなくしてから学校へ来たって仕方ないというようなことが最初に書いてあり、じゃあ大陸はどうかというのが第2パラグラフで、大陸もだめだと書いてある。こっちは“teaching the theory and discarding the practice”という、今度は実践をすっかり忘れてしまっていると言うわけである。セオリーばっかり尊重していると書いてある。そして第3段落目で、“While England is so far behindhand in this important question, a great work has been done by the Japanese Goverment in the establishment of an Imperial College of Engineering at Tokei,”
important questionというのはENGINEERING EDUCATIONである。Tokei と妙な綴りになっているが、これは東京と読んでおいていいと思うが、工部大学校をImperial College of Engineeringと訳しておりまして、それが設立されたということは極めて注目すべきことであるというふうに書かれて、あと以下、詳しくそれが紹介されている。明治10年だから、まだ日本なんていう国をそれほどどこも注目していない時代にこういう記事が「NATURE」に載ったということ、それ自体もいささか面白いと思うが、技術教育という面で日本が非常に注目されているということが面白い。
次にもう一つ、これはヘンリー・ダイヤーが書いてある同じく「NATURE」に投稿した記事を引いた。これはEducation and National Efficiency in Japanというので、御存じのようにダイヤーは日本から帰った後、「the Britain of the East」という随分しょったタイトルだが、非常に分厚い本を書いて、この中で日本の紹介をしてくれているわけであるが、そのダイヤーが「NATURE」に寄稿した、これは後ほど、1904年だから明治37年になる。つまり、日露戦争で日英同盟が締結されるころであるから日本とイギリスの関係が非常によかった時代ではあるが、なぞらないが、後でちょっと読んでいただくと、当時の日本がどんなふうに見られていたかということがわかる。日本びいきのダイヤーが書いていることだから割り引きはしなければいけないし、逆に言えば自分のやったことを賞賛していることにもなるわけだが、なかなか面白いと思う。
ちょっとだけ引かせていただくと、こんなことが書いてあるのが目につく。読み取っていただければ幸いだが、“The inventions and improvements which have been made by Japanese officers, engineers, and scientific men disprove the charge which is very often made, that the Japanese have no
↓結構海外でも当初から評価されていたとは意外でした。
(ソースはここですけど非常に読みずらいです)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kondan21/minutes/minutewg.htm
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〜略〜
それから、日本において技術学校としては、御存じの通り工部大学校。その前の4年あたりから工部寮から始まり、最終的に1877年に工変大学校になるが、東京大学と並列させて発足する。これのオリジナルはTHであったり、それから後にETHになるスイスのチューリッヒのTHであったりするテクニクルが、当時ポリはなくテクニクルだったが、オリジナルになっているが、しかし、日本の工部大学校というのは、その設立に携ったヘンリー・ダイヤーや山尾庸三らの努力で、当時の欧米にない特色を備えていたということがしばしば指摘される。
その欧米にない特色を示すために、資料中の「NATURE(1877. 5.17号)」の記事を見ていただきたい。
これは大変面白い。1877年だから工部大学校ができた年である。「NATURE」という雑誌は、実は発刊されて10年足らずで、当時まだ今ほど有名ではなかったが、そこにこういう記事が出ているということは、ある意味ではちょっと驚きだと思う。この記事「ENGINEERING EDUCATION IN JAPAN」はだれが書いたのか、C.W.Cというのはどうしてもまだわからない。どなたか知っている方がいらしたら教えていただければと思うのだが、ヘンリー・ダイヤーが何らかのニュースソースであったことだけは多分確かだろうと推測されるが、C.W.Cという頭文字だけの記事である。この記事が非常に面白いのは、技術教育がイギリスはだめである、まずだめであるというのが最初の段落である。要するにプラクティカルなことに関わってしまっていて、とにかく一日工場で働かせてしまって、一日働いてくたびれてすっかり力をなくしてから学校へ来たって仕方ないというようなことが最初に書いてあり、じゃあ大陸はどうかというのが第2パラグラフで、大陸もだめだと書いてある。こっちは“teaching the theory and discarding the practice”という、今度は実践をすっかり忘れてしまっていると言うわけである。セオリーばっかり尊重していると書いてある。そして第3段落目で、“While England is so far behindhand in this important question, a great work has been done by the Japanese Goverment in the establishment of an Imperial College of Engineering at Tokei,”
important questionというのはENGINEERING EDUCATIONである。Tokei と妙な綴りになっているが、これは東京と読んでおいていいと思うが、工部大学校をImperial College of Engineeringと訳しておりまして、それが設立されたということは極めて注目すべきことであるというふうに書かれて、あと以下、詳しくそれが紹介されている。明治10年だから、まだ日本なんていう国をそれほどどこも注目していない時代にこういう記事が「NATURE」に載ったということ、それ自体もいささか面白いと思うが、技術教育という面で日本が非常に注目されているということが面白い。
次にもう一つ、これはヘンリー・ダイヤーが書いてある同じく「NATURE」に投稿した記事を引いた。これはEducation and National Efficiency in Japanというので、御存じのようにダイヤーは日本から帰った後、「the Britain of the East」という随分しょったタイトルだが、非常に分厚い本を書いて、この中で日本の紹介をしてくれているわけであるが、そのダイヤーが「NATURE」に寄稿した、これは後ほど、1904年だから明治37年になる。つまり、日露戦争で日英同盟が締結されるころであるから日本とイギリスの関係が非常によかった時代ではあるが、なぞらないが、後でちょっと読んでいただくと、当時の日本がどんなふうに見られていたかということがわかる。日本びいきのダイヤーが書いていることだから割り引きはしなければいけないし、逆に言えば自分のやったことを賞賛していることにもなるわけだが、なかなか面白いと思う。
ちょっとだけ引かせていただくと、こんなことが書いてあるのが目につく。読み取っていただければ幸いだが、“The inventions and improvements which have been made by Japanese officers, engineers, and scientific men disprove the charge which is very often made, that the Japanese have no
これは メッセージ 19697 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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