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宗教

投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/12/25 02:29 投稿番号: [1703 / 49973]
>孔子は聖人には違いないですが、儒教は宗教じゃないからではないでしょうか?

宗教とは何かは難しいですね。
憲法の信教の自由に関しても、憲法学者のあいだでも、そもそも宗教とは何かということに関して意見が一致しているわけではありませんが。

有名な津地鎮祭名古屋高裁判決は憲法20条に言う宗教についてこういいました。

「20条にいう宗教とは、超自然的、超人間的本質、すなわち、絶対者、創造主、至高の存在、なかんずく、神、仏、霊等、の存在を確信し、畏敬・崇拝する心情と行為をいう。

しかしこれでは無神論的信仰がとりのぞかれるではないか、それ故、宗教とは、当該個人にとっての究極的関心事(ultimate concern)に関する疑問に解答をあたえるものをいう、との考えが出てきます。


しかしこれに対しては、個人の思想、良心、内心の自由などとどう違うのかという反論がでてきます。

ある宗教がこのどちらであるか(このどちらの性質をより強く持っているかということは宗教ごとに違うみたいで、たとえば、仏教について、

「ブッダは自己の経験に基づいて、人は安寧をむさぼることも、逆に苦行に徹することもいけない。中道がいい」といった。

仏教は最初は、インド大衆の間に親しまれてきたヴェーダ以来の神々を否定し、太守に身近であった各種の儀礼的な呪術をみとめなかった。神や悪魔を否定した。

こうなると、仏教は宗教というより「生活哲学」というほうがふさわしい。

ところが、大衆にとって、このような仏教のいう真理に容易にたどりつけるか。輪廻からの解脱をもって人生の究極の目的とする仏教は大衆のものとなりえたか。なりえなかった。このようなことはよく修業をする者のみに可能だから。(どうも、今我々か考えているのとは違って、仏教は、輪廻転生などは否定していたみたい)。

このようなことがインドの大地において仏教が大衆の中に根をおろせなかった理由がありそうである(仏教ついにインドを去る)。   ブッダ自身が否定した神の存在を肯定し、ブッダ自身を神格化したのが後の大乗仏教。これと関連して、ヒンドゥーの神々自身を多数自己の中に取り入れた。

孔子が信仰の対象になるかぎりでは、先の狭い意味での宗教にはあたりそうですね。孔子は宗教を説いたわけではないが、孔子自身とその教えが一緒になって、後世、宗教とみなされるようになった、と考えることは可能みたいです。
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