「韓国女子教育の母」
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/08/13 18:24 投稿番号: [10460 / 49973]
「韓国女子教育の母」淵澤能恵、「顕彰」の動き広がる−−石鳥谷町
/岩手
戦前の韓国で女学校を作るなどし「韓国女子教育の母」とよばれる石鳥谷町出身の淵澤能恵(1850〜1936)の功績を調査し、顕彰を進める動きが同町で広がっている。韓国では高い評価を受けている淵澤だが、国内では研究は進んでおらず知名度も低い。関係者は「戦前に、しかも女性が一人でやり遂げた偉業を多くの人に知ってほしい」と話している。
同町の下級武士の家に生まれた淵澤は、釜石の製鉄所に来ていた米国人技師を通じて西洋世界に触れ、29歳で渡米した。英語などを習得して帰国し、東京や熊本の女学校勤務を経て、1905年に55歳で渡韓。韓国での女性の地位の低さや学問を受けられない状況をまじかに見て翌年、現在のソウルに明新女学校を設立した。同校は現在、中高大学を備えた淑明学園となっている。
郷里でも墓が残されている程度で足跡も不明だった淵澤だが、同町の女性グループ「石鳥谷花の会」が4年前から文献調査や韓国での現地調査を行い、02年に成果を冊子にまとめた。7月には顕彰する会もスタートし、淵澤の功績に日がようやく当たり始めた。
顕彰する会の山田重夫会長は「まずは生誕の地を特定し、案内板でも立てたい。動きが進めば町民による大学見学ツアーも検討したい」と話している。【林哲平】
8月13日朝刊
(毎日新聞)
[8月13日16時5分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040813-00000074-mailo-l03
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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