釜山旅行記 その3
投稿者: korea_japan_bridge 投稿日時: 2008/08/08 00:03 投稿番号: [2112 / 2503]
私の韓国旅行は今回で7回目である。
内訳は、ソウルが3回で、釜山が4回であるが、今回ほど、親日を強く感じた事は無い。
韓国政権の交代の賜物である。
私が今回釜山旅行に出かける数日前から、中学校学習指導要領の解説書への竹島の記述問題が日韓における政治問題となりつつあった。
こんな時に釜山に行きたくないなと思った。
しかし、既定となっていたので行った。
そして、そこで見たものは,これまでに見た事の無い親日だった。
ここで、この親日が逆戻りしなければ良いがと思った。
この様な親日はこれまでの韓国では考えられなかった。
勿論中国では有り得ない。
親日の台北でもこの様な親日は有り得ないだろう。
折角日韓友好関係が発展しようとしたその矢先に、日本政府一体何を考えての事か。
中学で竹島を領土と教えれば、若い世代から日韓の対立も招く事になる。
日本政府が領土と主張する事は良い。
しかし何も中学生を巻き込む事は無い。
当面は大人同士のあうんで解決して行けば良いのだ。
大人に成り切れない政治家たちよ
さてその親日とは何か。
それは日本語通訳。
私が釜山に行く時は船でしか考えられない。
何故なら九州男児だから。
上陸地点はいつも釜山国際旅客ターミナルと決まっている。
そこから地下鉄中央洞駅まで歩いて行く。
ここまでは必ずのお決まりのコース。
私がそれこそ最初の海外旅行、すなわち2003年の7月18日に釜山に上陸した時もそうであった。
その時は釜関フェリーで渡った。
釜山国際旅客ターミナルの観光案内所には2人の女性が居り、その内の1人は必ず日本語が出来る。
私はその時は事前にホテルを予約していた訳では無かったし、事前にガイドブックで勉強していた訳でも無かった。
本当にぶっつけ本番の始めての海外旅行だったのである。
釜山駅の近く行けばホテルも見付かるだろうと思ったのである。
それで観光案内所の日本語の分かる女性に釜山駅行きまでの道程を教えて貰った訳である。
さて、どうにか地下鉄中央洞駅に着いた。
しかし,どの様に切符を買って良いものか途方に呉れてしまった。
私はこれまで前回のメッセで書いたように様々な所に行っているが、韓国ほど、途方にくれる所は無い。
上海、北京、台北であれば漢字が読める。
パリ、ロンドン、ローマであればアルファベットが読める。
しかし、ハングルはちんぷんかんぷん。
私が途方に呉れて駅のベンチに座っていると、するすると中年の男性が近付いて来た。
そして、聞くのである。
日本人ですかと。
渡りに船である。
私は色々な事を聞いた。
彼は言う。
もっと話をしましようと。
そして駅構内のロッテリアまで私を連れて行き、更に話し込んだ。
彼は更に言うのである。
今晩一緒に飲みましょうと。
私ももっと韓国を知りたいと思ったから、一緒に飲んでも良いと思ったが、 しかしもっと釜山を観光したいと思ったし、そして少し危ないと思ったので、彼に断りを入れた。
そうすると彼は更に執拗に誘うのである。私はここで確信した。危ないと。
当時、日本人に話しかけて来る人とはこんな類の人たちだったのである。
しかし、今回の釜山旅行では違った。
組織的に友好な日本語通訳があちこちに居たのである。
※2000字を超えたので、釜山旅行記その4に続きます。
内訳は、ソウルが3回で、釜山が4回であるが、今回ほど、親日を強く感じた事は無い。
韓国政権の交代の賜物である。
私が今回釜山旅行に出かける数日前から、中学校学習指導要領の解説書への竹島の記述問題が日韓における政治問題となりつつあった。
こんな時に釜山に行きたくないなと思った。
しかし、既定となっていたので行った。
そして、そこで見たものは,これまでに見た事の無い親日だった。
ここで、この親日が逆戻りしなければ良いがと思った。
この様な親日はこれまでの韓国では考えられなかった。
勿論中国では有り得ない。
親日の台北でもこの様な親日は有り得ないだろう。
折角日韓友好関係が発展しようとしたその矢先に、日本政府一体何を考えての事か。
中学で竹島を領土と教えれば、若い世代から日韓の対立も招く事になる。
日本政府が領土と主張する事は良い。
しかし何も中学生を巻き込む事は無い。
当面は大人同士のあうんで解決して行けば良いのだ。
大人に成り切れない政治家たちよ
さてその親日とは何か。
それは日本語通訳。
私が釜山に行く時は船でしか考えられない。
何故なら九州男児だから。
上陸地点はいつも釜山国際旅客ターミナルと決まっている。
そこから地下鉄中央洞駅まで歩いて行く。
ここまでは必ずのお決まりのコース。
私がそれこそ最初の海外旅行、すなわち2003年の7月18日に釜山に上陸した時もそうであった。
その時は釜関フェリーで渡った。
釜山国際旅客ターミナルの観光案内所には2人の女性が居り、その内の1人は必ず日本語が出来る。
私はその時は事前にホテルを予約していた訳では無かったし、事前にガイドブックで勉強していた訳でも無かった。
本当にぶっつけ本番の始めての海外旅行だったのである。
釜山駅の近く行けばホテルも見付かるだろうと思ったのである。
それで観光案内所の日本語の分かる女性に釜山駅行きまでの道程を教えて貰った訳である。
さて、どうにか地下鉄中央洞駅に着いた。
しかし,どの様に切符を買って良いものか途方に呉れてしまった。
私はこれまで前回のメッセで書いたように様々な所に行っているが、韓国ほど、途方にくれる所は無い。
上海、北京、台北であれば漢字が読める。
パリ、ロンドン、ローマであればアルファベットが読める。
しかし、ハングルはちんぷんかんぷん。
私が途方に呉れて駅のベンチに座っていると、するすると中年の男性が近付いて来た。
そして、聞くのである。
日本人ですかと。
渡りに船である。
私は色々な事を聞いた。
彼は言う。
もっと話をしましようと。
そして駅構内のロッテリアまで私を連れて行き、更に話し込んだ。
彼は更に言うのである。
今晩一緒に飲みましょうと。
私ももっと韓国を知りたいと思ったから、一緒に飲んでも良いと思ったが、 しかしもっと釜山を観光したいと思ったし、そして少し危ないと思ったので、彼に断りを入れた。
そうすると彼は更に執拗に誘うのである。私はここで確信した。危ないと。
当時、日本人に話しかけて来る人とはこんな類の人たちだったのである。
しかし、今回の釜山旅行では違った。
組織的に友好な日本語通訳があちこちに居たのである。
※2000字を超えたので、釜山旅行記その4に続きます。
これは メッセージ 2111 (korea_japan_bridge さん)への返信です.
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