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>呉善花女史 韓国併合への道

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2003/11/05 12:01 投稿番号: [96 / 15709]
>明治維新前後に、チョーセンにも維新を志す若者がいた

金玉均の「宮廷クーデター」失敗→日本亡命(この頃、福沢諭吉の世話になったそうです)→上海へ(清と交渉を試みようと)→暗殺される。
ですね。

結局、日本の「維新」と朝鮮の「宮廷クーデター」の差は、統治体系の違いが大きいのではないでしょうか。
日本は「藩幕体制」の通り、一種の「連邦国家」で「藩=地方自治国家」は独自の行政権・司法権・徴税権・警察権・軍事権まで有していました。(無かったのは、連邦国家としての「外交権」かな?)
維新の原動力となった武士たちも、「連邦政府職員(直参)」ではなく「地方自治政府職員(大名家家臣団)」と言う所がポイントではないかと。
つまり、一方的トップダウンの古代中央集権国家と違い、「連邦国家」の「江戸藩幕体制」は「是正の為の『下克上』(意味に少々無理ありますが)」をその政治統治体制の中に、余裕として有していた、と。

維新の武士たちが、比較的下級武士層に集まっているのも特徴かと。
当時の中堅・下級武士などは、その暮らし振りはちょっとした庶民より苦しい暮らし振りです。
つまり、国の中層〜底辺がどのようなものか、身をもって知っています。
ここで道を誤れば、どこまでも悲惨になるかを想像ではなく、実感として持っていた人々だったと思います。

逆に朝鮮では、金玉均は「両班」です。
その志、その熱意、その至情は優れたものがあったのでしょうが、些か地が見えていなかったのではないか、と思ってみたりします。
又、日本と違い独自の「経済背景を有する、軍事力を含む勢力」を有していなかったのも、大きな違いでしょう。
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