お上意識
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2004/06/29 23:09 投稿番号: [802 / 15709]
というものが日本人にはあるといわれます。
封建制度の経験から民草に根付いた文化というのか、上の階級のものに比較的従順であるといいます。
朝鮮は封建制度がなかったにもかかわらず、能動的・自発的行動を避ける傾向があるように感じます。
儒教のせいでしょうか。しかし、儒教も両班たち知識階級のものであったでしょうから疑問がわきます。
結局のところ、商業というか経済活動の有無なんでしょうね。能動的行動が直接利己に結びつく。
儒教でがんじがらめだった両班階級がそれを制限した。自由闊達な庶民の気がそがれるのも無理はないでしょう。
で、そういった文化が根付いてしまった朝鮮には、ノーヴェル賞受賞者の不在が典型でしょうが
能動的に行動するものがいない。
それは為政者にとってはある意味都合がよい。
ステレオタイプな自縄自縛の典型のような気がします。
そのような文化ですから、民草の感じる拘束・閉塞感というものも尋常でないものがあると想像できます。
火病なんていう表現で朝鮮内においては言われているわけですが、そのように分類し
蔑むことで火病を免れた朝鮮人は胸をなでおろしているのでしょうか。
火病になってしまった朝鮮人こそ人間らしいものかもしれないと最近思っています。
これは メッセージ 801 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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