ワタシは
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/06/29 22:45 投稿番号: [5588 / 15709]
受験英語が、口語にも役に立つ事を身にしみて感じた一人です。
口語的な表現は、NHKラジオで学び、実際に使ってみたり、そして仕事で現地に住んだりして、それは間違いで無かったことを知りました。
よく言われる事ですが、語学なんて所詮はツールです。
まあワタシも仕事で毎日英語を使いますが、所詮はツールです。
前にケロだか誰だったか、韓国人とも言い合いましたが、語学力がワタシなんぞより劣っていても、実務能力や、専門知識に遥かに秀でていて、ワタシよりも若くても、もっといい地位に就けるんですからね。(ワタシの職場は米国企業ですが。)
そしてそれは当然の事だと思います。
実務に秀でていて、しかも専門知識が豊富ならば、語学なんて誰か別人がカバーしてくれるんですから。
日本の工房とかが米国留学するのなんて、基本的には反対です。
自国の事もよく知らんで、あっちでそれこそ社会科の授業で、なんと支那系や朝鮮系のガキども(米国くんだりまで来てそんな事にキーキー、ギャーギャー言っている支那人や朝鮮人が異常なんですが)にボコられて泣く泣く敗退して、語学もへったくれもありません。
そして、いくらブロークンな口語英語に慣れて帰ってきても、それが何の役に立つでしょうか。
役になんか立ちません。
酒を飲んでいて友人に、"Go get the f***in' ice."と言う表現を覚えようが、"Get the f*** out of here."なんて覚えたって、無意味です。
大事なのは、自分が何が出来る人間なのか、そして何を知っている人間なのか、そしてそれは何に役に立つのかを知っている事じゃないでしょうか。
そう思いますね。
また、赤城さんの言を借りれば、「やらと英語とかを自慢するのは、所詮は被支配者の根性だ」と思います。
これは メッセージ 5587 (doronpa90 さん)への返信です.
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