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歴史

投稿者: doronpa90 投稿日時: 2005/06/28 22:53 投稿番号: [5541 / 15709]
http://www.tinian-dynasty.jp/tinian_info/

>1899年、米西戦争で敗北したスペインが北マリアナ諸島をドイツに割譲し、サイパンに本拠地を置いたドイツ政府は大規模な社会改革を実施。カプチン宣教師がスペインの宣教師にとって代わり、ドイツ政府の地区行政官が伝統的な植民地スタイルで島民の生活を取り仕切っていくようになりました。

>第1次世界大戦の終結を迎える1918年までにはミクロネシアのほぼ全域が日本の占領下となり、これを1920年、国際連盟が正式に承認しました。ドイツのカトリック聖職者から一時的に日本のカトッリク教徒たちに代わった後、ローマの法皇との合意に基づいてスペインの聖職者が入ってきました。島の商業、特に砂糖農園を統括する為日本人総督が任命され、大きな利益を上げていた砂糖栽培に従事する為に日本と沖縄から何千人もの労働者が呼ばれ、移民人口が地元住民の数を上回る結果となりました。サイパン、ロタ、テニアンには、当時の大規模な砂糖農園の面影が今も残っています。

ソウル発   共同通信

>これと関連して、サイパン現地住民たちは明仁日王夫妻の慰霊碑への献花が、双方の傷をある程度癒してくれるものと期待している。日本人観光客が急増して日本との貿易も拡大しているなか、60年前の痛みを「過去史」レベルで敢えて暴き出す必要はないという反応だ。

双方の傷とは日本人とサイパン現地住民がアメリカ軍に敗れた傷です。   朝鮮と同じく侵略して統治していたわけではない。

当時のハワイ諸島とアメリカの関係よりはよっぽど良好な関係であったわけだ。
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